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第46話 会いたいだけ

 ――申し訳ない。今夜は仕事が遅くなりそうだ。  忙しい人、だもんな。  この前終わったっていう大きな仕事は大成功だったんだって、その後、教えてもらったけれど、そのおかげで仕事が今とても忙しいって。  今夜、会う約束をしていた。けれどそれは無理そうだと今、メッセージが届いた。ラインとかじゃなくて、電話番号を知っていればできる短いやりとりのメールで。  ふぅ、と溜め息をついて、いつもどおりのオンボロソファの背もたれに背中を預けて、黄ばんだ天井を見上げた。  ちょっと会えてない。 「……」  避けられて、はないと、思う。  デートの後っていうタイミングだったから、気になるんだ。  ただの「友人」なら考えないこと。  でも、片想いをしているのなら考えてしまうこと。  そして、考えたところで何かが明確になるわけじゃなくて、会えればすぐに消えてなくなる考え事。  何かしたかな。  我儘しすぎたかな。あのTシャツがダメだった、かな。あとは……わからないけど、俺の、なんか、そういう誘い方が好みじゃなかった、とか。そりゃもっと上手な人をたくさん知ってるだろうしさ。俺みたいなのの良さって、なんだろ、初々しい感じ、とかだったのに……とかね。  けれど、そんな色々を考えてしまいそうになりかけたところで、それを察したかのように敦之さんからまたメッセージが届いた。  ――楽しみにしていたから、とても残念だ。  ほら、やっぱり忙しいんだよ。  隙間時間に連絡をしてくれたんだろうか。  何をしている合間に送ってくれたんだろうと、今の彼の様子を想像して目を閉じた。  ただドタキャンしたことをフォローしようとそんなことを言ってるんだと思う。それだけなのに――なんて、また色々考え始めそう。でも、会えばすぐに消える小さな、些細な不安。 「はぁ」 「どーしたんすか?」 「!  立花君」  びっくりした。自動ドアが開いたと同時に聞こえてきたその声に飛び上がると、サボり発見って立花君が笑った。  確かに今来たのが営業部長だったらって想像するだけで胃の辺りがぎゅっとしたけれど。でもその心配が必要ないのも知っている。部長は午後から外回りだ。金曜だし、そのまま直帰ってホワイトボードには書いてあったから、多分、早めに打ち合わせとかを済ませて帰るんじゃないかな。そもそもその外回りだって、どこに何時に向かって何を話すのかとか内容までは誰も知らないし。 「週末はしんどいっすよねぇ」  俺が浮かない顔をしてたんだろう。  立花君が、わかるわかる、ってなんとなくでも同意をしてくれている。 「浮かない顔っすねぇ……あ! もしかして! 彼女さんと最近あんまり会えてないとか」 「え? ぁ、いや……あの」  思わず、食いつき気味に返事をしてしまった。  いつもその辺を濁してたのに。だって、立花君は俺に彼女がいると思ってる。でもあの人とは付き合ってるとかではないから、そもそも立ち位置から違うっていうか。だけれど、セッ、セックス……フレンド、とか言えないから、その辺をいつも誤魔化し気味にしていたのに。今、思わず、食いついて、背もたれにだらしなく寄りかかっていたのに、飛び上がってしまった。図星、とでもいうみたいに。 「なんすかなんすかぁ、んもお、相談乗りますよ」 「あ……いや……その」 「もう若手って数少ないんすから」 「え?」  どうやらまた辞めてしまったらしい。今度は女の子だからショックだったって、立花君が肩を落とした。ボーナスが出ないってことを不服に思い、それとこの先の経営の雲行きに辞めていく人が数人いたのは知ってる。こういうのは面白いもので、一人が辞めるとパタパタとつられてやめていくんだ。で、今回はアルバイトの女の子。資材部にいたから、製造とは関わりがあったって。逆に俺は資材の方は発注を業務システム上でするだけだからあまり接点がなかったんだ。 「そっか……それは残念だね」 「…………小野池さんって不思議っすよね」  今、職場を辞めた女の子の話をしていたと思うのに、急に俺へと話題の矛先が向けられてびっくりした。 「あ、いや、なんつうか、ふわふわーってしてるっつうか、基本、あんま周りを気にしてないじゃないっすか。マイペースっていうか」  そう、かな。あまりそう思ったことはないけれど。 「でも、話すと案外話しかけやすいし」 「そ、そう?」 「なんとなく、プライベートが見えないっつうか。なんで、小野池さんが溜め息ついてるのとか摩訶不思議っつうか、どんな彼女なんだろーっつうか。どんなデートとかしてんだろーっつうか。謎っつうか」  そんなに謎ではないけれど。  むしろ謎がない。何もないんだけど。  立花君はモゴモゴと「ツウカ」と何度も呟いていた。 「本当、あの、何もないよ」  何もないんだ。恋人ではないから。「友人」だから。 「でも、まぁ……うん、少し、なんというか、忙しそうで」 「……」 「当たり前だけど、仕事あるしさ。俺も、そうだけど」  何度も考えてしまう。何かしてしまったかな、って。だから、何か失敗して、それで疎遠にされてしまうのかなと考えてしまう。でも、こんなに頭の中いっぱいに色々考えても、今、ここで敦之さんに会えたら、その全部が消えるんだ。その直前まで胸にいっぱいあった不安全部、その瞬間に嘘みたいに簡単に消える。  ただ、会いたいだけなんだ。 「大変だなぁって……思っただけだよ」  ただ今夜をとても楽しみにしていたから残念なだけなんだ。

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