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第47話 想像未来

 ――あー、まぁ、でもお互いに忙しいのが社会人っすよね。しかもうちみたいなブラックだともう会う時間とか確約で作れなかったりするし。俺は……そっすね。俺なら……。 「…………」  立花君に正確に俺と敦之さんのことは言っていない。だから、これは参考程度にしかならない。でも、両想いにもなったことがない俺には、いや、そもそも俺と敦之さんが両想いじゃないんだけど、さ。 「…………」  立花君のくれたアドバイスをそのまま鵜呑みにしちゃだめなんだけど。でも。  ――俺なら、合鍵渡しますかね。そしたら、いつでも来てオッケーって感じだし。勝手に入ってていいよ、つって。  でも毎回ホテルっていうのも大変だし。  いや、でも、うちの庶民派アパートに敦之さんが来るとかあり得ないだろ。  けど、毎回ホテルで、ルームサービス頼んで、なんていくらセレブな感じがする敦之さんだってさ、毎回そんなんじゃ出費がすごいじゃん。そういうのもあるかもしれないし、今回の、会えなかったの。  いやいや、敦之さんはきっと俺が想像しているセレブよりもセレブなんだろうけど。だって、あの高級レストランで常連っぽかったし、ホテルだって使い慣れてるっていうか。  まぁ「友人」いっぱいいる、から。 「……」  なんか、色々考えながらぎゅっと握っていた手を広げた。手の中にはストックとして大家さんからもらっている合鍵がある。  この部屋の鍵。  渡したら、困らせるかな。  来ないと行けないって気を使わせるかな。それとも「友人」なのにそれは、ちょっとって……引くかな。今まで自室の鍵を渡す「友人」っていたかな。なんか、恋人気取りっぽくてダメかな。  それとも、「友人」にも鍵を渡してしまうような軽い奴って思われるかな。でも貴方だけです、なんて言えないし。それこそ勘違いしてるって思われる。  ブブブブ  なんか、色々考えてベッドの上をゴロゴロしていたら、電話が無音で、でも振動音を響かせた。手にとって、そこに今希望した名前が表示されてるのを見て飛びつくように電話に出た。 「も、もしもしっ」 『……寝てた?』  敦之さんだ。 「い、いえっ、起きてました」 『そう。今日は、すまなかった』 「いえ……」  どこか……ホテルかな。音がさ、なんというか室内なんだけど、生活音が一つもしない感じが、なんか足元にある絨毯に全部音が吸われてしまってる感じに似ている。 『どうにも仕事が遅くなりそうで、戻ったとしても、かなり遅い時間になるから』 「……はい。あ、じゃあ、今日は」 『仕事先のホテルだよ』 「……」  やっぱりそうなんだ。  俺が敦之さんと会っている時、セックスの始まりの時の静かな部屋に空気に似てる。その、音ひとつない空間に小さくキスの音がして、キスの音が段々濡れて、身に纏っていたバスローブが絨毯に落ちる音がして、それで、なんて、本当だったら今夜するはずだったことを想像した。 『ホテルなのに拓馬がいないから、少し不貞腐れてる』 「え、敦之さんがですか?」 『あぁ、本当だったら今頃、君と一緒にいた時間だ』 「!」  うわ。  すごい、心臓に来た。 『拓馬?』  今、の、すごく上手で、優しくて甘くて、蕩ける。 「いえ……俺も残念だったから」 『……』  この手の中にある銀色の渡したくなる。鍵を。 「不貞腐れてる敦之さん……見てみたい」 『……』 「見たことないです」 『見せられないよ。君に呆れられる』 「まさか」  貴方のことをあろうことか独り占めしたい俺は、見せられないよ、と笑う貴方の今の顔も見てみたい。不貞腐れてる貴方も、怒ってる貴方も俺は見たことがないから。 「俺は、ちょっとだけ嬉しいです」 『? 今日、会えなくて?』 「いえ、それは寂しいです」  言ってすぐに慌てた。彼の質問に素直な気持ちで答えてしまった。うわ、本心を普通に言っちゃったって。敦之さんは仕事だったのに、仕方のないことなのに、寂しいとか。 「あ、えっと、あの、敦之さんは覚えてないかもしれないんですけどっ、電話をもらった時、その、最初に」  会えるのかな、この連絡先を俺はどうしたらいいのかなって、貴方の携帯番号を持て余してた。手の中に握りしめて。登録してもいいのかな、どうなのかなって。 「電話もらったじゃないですか」 『あぁ、あったね』 「あの時、すごく良い声でドキドキしたんです」  耳元で聞こえる貴方の声は直に耳にするのとはまた違っていた。 「なんか、あの時を思い出して」  今も持て余しているから。この部屋の鍵を貴方に渡したくて。  連絡先をもらえただけで狼狽えていた俺はこんなの想像してなかったんだ。こんなに貴方と長く繋がっていられるなんて思ってもいなかったから、だからこそ連絡先をどうしたものかと考えてた。  だから、またこのタイミングで貴方に電話をもらえると、この先を考えてしまう。  あの時は合鍵を渡そうかどうしようかすごく迷ってたのに、今はもう普通に貴方が俺の部屋にいる、とかさ。そんなことを思えるんじゃないかなって。 『明日、帰る』 「あ、はい。お疲れ様です」 『多分、夜にはなるけれど、すまない。時間作れる?』 「え?」 『……とても会いたい』  心臓が躍った。  俺は。 「はい。明日」  俺は、いつも貴方に会いたくてたまらないから、その一言だけで、とても、とっても大喜びなんだ。

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