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第49話 甘く香る
したくて、部屋に入った途端、抱き合ってキスをしたことはあった。待ちきれなくて、ベッドまでの数メートルでさえもどかしく感じられて、部屋の扉を閉じた瞬間、深いキスをしたことは、あったけど。
「はっ……ン、ぁっ、はぁっ、敦之、さんっ」
激しくて、呼吸さえする暇がないようなキスは初めてだった。
いつも敦之さんは下手な俺に呼吸をするタイミングをくれる。息苦しくならないように、キスの合間に唇を触れ合わせたまま、そっと開いてくれるんだ。呼吸をさせてくれる。
「ンっん、……ン」
部屋に入った瞬間、奪うように激しいキスをされたのは、初めてだ。
「はぁっ、あっ」
壁やガラス窓と敦之さんに挟まれて、身体を寄り添わせながらキスをしたことならあるけれど、壁に、こんな身動き一つできないくらいに強く、押さえつけられながらするキスは初めて。
「ンっ」
唇の端から唾液が溢れてしまうくらいのキスは、初めて。
「は、ぁっ」
こんなに激しいキスは、初めて。
「敦之さん?」
待ち合わせていた駅に敦之さんは少し遅れてやってきた。会うとそのまま腕を掴まれて、ホテルへ向かった。いつもはホテルに着くまでに少し話をするのに、無口だった。
歩調も早かった。
急いでいるみたいだった。
「あの……ンっ」
話そうとするとキスで言葉を遮られるのも初めてだった。
壁と自分の間に俺を挟んで、手をついて、ネクタイを解く彼の仕草一つに見惚れた。いつもよりも低い声にゾクゾクする。
「この後、また仕事とか、あるんですか?」
「……ないよ。おいで」
「ぁ……」
ベッドへと連れて行く手の強さに、手首がジンジンする。優しくて、綺麗なこの人の、見たことのない、こんな――。
「あの、敦之、さん?」
敦之さんの身につけていたネクタイで目隠しをされて、視界が真っ暗になった。
「あの、ン……ンンっ」
ベッドに押し倒されて、目隠しをされ押さえつけられながら、また深くさっきの続きのキスに戸惑う舌ごと食べられてるような気持ちになる。
舌先が絡まり合って、唇の隙間から濡れた音が響く。唾液がさっきと同じように溢れて、でもそれを拭うことも許してくれないくらい激しいキス。
目隠しにドキドキした。
「敦之さん? あの」
「たまには、こういうのもいいだろ?」
「ぁっ」
耳に唇が触れてる。そこで低く囁かれて、ビクンって、大袈裟なくらいに身体が反応した。見えないだけで、鼓膜の敏感さが増して、彼の声一つで反応してしまう。下腹部が熱くなる。
「香り、変えた?」
「あ」
気がついてくれた。
さっき新しく買ったばかりのボディミスト。
「甘い……それにシャワーの後だ」
「ぁ、だって」
少し甘そうな香りにした。
こっちの方が美味しそうかなって。
シャワーは先に浴びてきた。
その方が早く抱いてもらえるかなって。
「美味しそう、ですか? あっ」
貴方のことを考えながらこれを買った。
貴方のことを考えながらシャワーを浴びて身体を洗った。
「拓馬」
「ン」
貴方が俺のこと美味しそうって思って、抱きたくならないかなって、幼稚なことを考えて買ったんだ。
甘い香りに誘われてくれないかなって、考えながらこれをシャワーを浴びた肌に買ってすぐ染み込ませた。
その肌にキスをされて、嬉しくて、気持ち良くて、蕩けそうだった。
敦之さんに触れて欲しくて手を伸ばすと、彼のシャツをそっと握った。その手に彼の手が重なる。
「そのまま、待ってて」
「ン」
耳朶を食まれながら、そう言いつけをされて、大人しく、目隠しをしたままベッドで待っていると、すぐにスプリングが傾いた。敦之さんがそばに来たのをそれで感じて、いるだろう方向へ顔を向けると、またさっきと同じキスをされた。
服を脱がされて、全部、下着も何もかも、剥かれてしまう。心許なさにすら興奮した。何も身に纏っていないのに、目元にだけ彼のネクタイが巻きついている。シルクの高級な触り心地だけが肌に触れて、その先端が肌を掠めるだけでも感じてしまう。
「敦之さん?」
近くにいる?
「いるよ」
「……ぁ」
声のする方へと手を伸ばすと、掴まれて、そのまま――。
「あの」
そのまま手首を拘束された。
多分、タオルだ。肌触りがネクタイと違う。
そして、両手首を束めてタオルで縛られると、そのまま頭上に上げられ、ベッドにまた押し倒された。
「あっ!」
腕の内側へのキスに身体が飛び跳ねる。びっくりしたんだ。急に触れるから、一瞬何かと思って。
「ぁっ」
多分そこにキスマークがついた。二の腕の内側の柔らかい部分に。それから、肩に歯を立てられて、喉にキスをされると身体が自然と愛撫を邪魔しないようにと仰け反った。
「はぁ……」
キスは胸を辿って、乳首に辿り着く。唇に啄まれて、甘い甘い溜め息が溢れた。
「あ、あ、あ」
愛撫の舌先は見えないけれど、でも、そこは、勃ってる。小さな乳首が。
「はぁっ」
貴方の舌先に可愛がられたくて、歯で齧られたくて、指でいじめられたくて。
「やぁぁぁっ」
待ち望んでいた愛撫に胸を彼の舌先に押し付けるように背中がしなった。
「あ、あ、あ、ぁ」
指で片方を強く摘まれながら、もう片方を噛まれるとたまらなく気持ち良かった。見えないから、敏感になっている肌が僅かに乳首に食い込む歯に、摘んで弾く爪の先に、すごく反応してしまう。
「……あぁぁぁっ」
突然、前を握られて、あられもない声が溢れた。
急に触られて、そのまま扱かれると、もう張り詰めていた自分のがとろりと濡れて、彼の手の中でくちゅくちゅやらしい音を立て始めてしまう。
「あ、あ、あ、あ、あ、ダメ、これ、イッちゃう」
敦之さんの手。
「や、ぁ、敦之さんっ、イッちゃうっ」
指。
「あ、あ、イ、イク、あっ! ……っ! あ、あ、ああああっ」
愛撫してくれる。
「イク、イクっ」
貴方の手のことしか考えられなくて。
ただその手の中でイクことしか考えられなくて。
はしたなく、綺麗なあの手の中に自分から擦り付けると、あられもない声が溢れた。
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