51 / 134

第50話 縛ってください

 スラックスのベルトを外す音がした。達したばかりの身体は爪先が痺れたような感じがして、ふわりと浮いているような心地がする。 「敦之さん……」  目隠しはしたままだから、縛られた両手で空を探って、ベルトの金具の音がした方へ手を伸ばして、貴方を捕まえた。捕まえて、手を離してしまうとまた見失ってしまうから、辿るように彼の身体に触れて、ベルトを外されたスラックスをくつろげる手伝いをする。 「拓馬、口はしなくていいから」 「や、だ……」 「拓、っ」  口を開いて、捕まえた貴方の腰にしがみついた。頬に触れたそれを辿って、そのまま、口に咥えて。 「ンっ」  貴方のペニスにしゃぶりつく。 「っ、拓馬」  この後、急いで仕事に行かないといけないからなのかと思った。けれど、そうじゃないって言っていた。いつもよりも性急で、いつもよりも強引で、こんな奪うような始まり方は初めてだった。  だから、怒ってるのかなって思ったけれど、でも、今の口調はいつもと変わりのない貴方だった。優しい声。それでも俺は目隠しをされて、手を縛られてる。  いつもと違う、セックス。 「拓馬」 「ン……ン」  たまにはこういうのもいいだろうって言ってた。  確かに興奮する。  視界が遮られると他の感覚がすごく冴えて敏感になる。全身が感じやすくなって、触れられるだけでも喘ぎ声が溢れるくらい。  耳元で敦之さんが囁くだけでもイってしまいそうになる。  だから、咥えて愛撫をしているのは俺なのに、唇で貴方のペニスを扱くだけで、その唇が性感帯になったみたい。とても気持ちがいい。手首の自由を奪われているから、動くのもままならなくて、口だけで貴方に触れてる。その舌先で先端の丸みを撫でるだけでも、すごく感じて、今さっき達したばかりの自分のが恥ずかしいほど熱を溜め込んで張り詰め始めるのがわかる。  貴方に教わった唇の使い方で、貴方の好みの舌使いで、キスをして、しゃぶって、咥えながら、自分がイッてしまいそうなくらい。  でも、一番興奮を感じてるのは――。 「ん、んく……ン」  手首を縛られてること。 「ん、ぁ……んむ」  そんなわけない。  絶対にそんなわけない。  ないよ。でも――。 「拓馬」 「ンっ」  貴方が、俺をなんて。  仕事が忙しくて、しんどかったから、今夜はすごく盛り上がりたいとか。もう何度も俺を抱いてくれたから、飽きちゃって他のことをしてみたくなったとか、そういうことだよ、きっと。 「っ、拓馬」  きっと、違う。 「っ」  手首をこうして縛られてるのが、まるで、貴方が――。 「もういいよ。拓馬」 「あっ!」  もう少しで達しそうって思った。貴方が俺の口の中でイってくれるって、舌で感じて、もっと強く奥まで使ってしゃぶりつこうとした時、咥えていたそれを止められて、唇から濡れた糸が垂れたのを感じた。  でもそれを拭うよりも、もっと濡れて溢れそうなくらいに深く口付けられながら、体勢が入れ替わる。組み敷かれて、太腿の内側に手を添えられて開かされた。そそり勃ったそれが太腿に触れる。 「あっ」  挿れてくれる。 「拓馬」  手首はまだ縛られたまま。目隠しはまだされたまま。  ただ興奮するためのアイテムだよ。ただ盛り上げるため。気持ち良さが増すように。  きっと余興だよ。 「あ、敦之さん、あのっ、目隠し外しても良いですか?」 「……ダメだ」 「ぁ、お願い。顔見たい」  そうだよ。きっと余興だ。そんなわけない。ありえない。 「……今、ひどい顔をしてる」  縛られたのはプレイの一つ。  目隠しをされたのは感度を上げるため。 「……平気」  自分で脚をたくさん、大胆に開きながら、束ねられた手首で目元を隠す彼のネクタイに触れると、その手を止められた。 「見たい。お願い」 「……」 「敦之さんの顔を見ながら、挿れてもらいたい……お願い」  そんなわけない。 「お願い、敦之さん」 「……」  そうだったらいいなって。  きっと違う。  でも、そうだったらどんなに良いだろうって。  そんなわけない。 「……」  目隠しを外そうとした俺の両手を押さえていた敦之さんの手が離れた。だから、多分、許されたんだと、そっと目隠しに使われてる彼のネクタイを外したんだ。  シルクの高級なネクタイは、縛るのにとても都合がいいらしくて、目元を隠している間はズレることなく、キュッと結ばれていた。なのに、指を引っ掛けて、引っ張ると、ただそれだけでホロリと解けた。目元を擦る感触は柔らかくて、上品で、たまらなく心地良かった。  貴方の首元を飾っていたネクタイで視界を覆われたことも、その触り心地一つにも、すごく感じた。全部に興奮した。でも――。 「……あっ」  達したのは。 「あ、あ、あ…………あぁっ」  貴方の顔を見たから。 「ぁ、嘘っ…………っ、ン」  それはいつもみたいな激しい射精じゃなくて。とろりと込み上げて溢れて零れてしまったような達し方。 「ア、あっ……敦之、さんっ」 「……ひどい顔を、してるだろ?」  手首を柔らかく縛り付ける行為がただのプレイじゃなくて、興奮のためじゃなくて、貴方からの束縛を意味していたら、どんなにいいだろうって思った。  さっき、貴方が駅へやってきた時、そのほんのわずか前に俺は立花君と話してた。偶然あんなところで遭遇して、びっくりしたねって話してたんだ。そして彼が友人のところに戻ったタイミングで貴方がやってきて、それからずって手を掴まれていた。  立花君に振った手を貴方はずっと掴んで。  目隠してをして、この手首を縛った。  立花君に手を振った俺を、話をしていた俺を束縛するみたいに、貴方に縛られた。興奮したんだ。まるで、それは独占欲みたいで。 「ぁ、嘘、みたい」  貴方が俺を独占したいみたいで。 「ひどい顔だろ?」  たまらなく嬉しかったんだ。 「ぁ…………」  まるで貴方の恋人になれたみたいで。 「好き」 「……」  貴方に好かれているみたいで。 「敦之さんが、好きです」  すごく嬉しかった。 「好き」  好きな人が、この告白に苦しそうに苦笑いを零した。ひどい顔だと自分を笑って、俺はそのひどい顔だと告げる唇にキスをした、両手を縛られたまま、そっと頬に触れて、顎に手を添えて、唇を重ねて舌で彼の唇を濡らした。 「敦之さんが、好き」 「……」  ひどく、興奮した。 「俺も」 「ぁっ」 「俺も、拓馬が」  貴方が俺の中に入ってくる。 「あ、ぁっ、敦之、さんっ」 「好きだよ」  ただそれだけでまた達してしまうくらい、気持ちがよかった。 「あ、あ、あっ、敦之さん、っ、ぁ、そこもっとして、欲し」  激しい音をさせて、腰を打ち付けられながら、甘い甘い悲鳴を上げる。 「拓馬」 「あああああっ」 「っ」  イクのが止まらない。貫かれて、ずっと達してる。 「あぁっン、あっン」  タオルの上にパタタと白い雫をまた垂らして、縛られた両手でシーツをぎゅっと握りながら、中にいる貴方を締め付ける。何度イッたかわからない。 「あ、もっと、して……敦之さん」 「……」 「俺のことめちゃくちゃにして」  四つん這いになって、足を広げた。 「敦之さん」  熱に溺れて。 「拓馬」 「あぁぁ、あ、奥、ぁ」 「好きだよ」 「あああああ!」  熱で身体の奥深くまで挿し貫かれながら。 「あっ……ン」 「拓馬」  背後から抱いてくれる愛しい人に身を捩って振り返った。 「好きだ」  繋がった身体は何か壊れてしまったみたいにずっとずっと達したまま。 「俺も、好き、あ、ああ、好き、敦之さん」  貫かれて、彼のペニスを打ち付けられる度に、射精して、縛られた手首はずっと、ジンジンと熱に痺れていた。

ともだちにシェアしよう!