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第52話 ストロベリージャムハニーモーニング
初めての時は逃げ出した。
ありがとうございますってお礼をメモに残して。
キスマークがどんなものなのかよく見てみたくって、朝、ベッドを抜け出して、洗面所で観察してたこともあった。
会う度に朝が来るのが嫌になっていった。朝が来たら、帰らないといけなくなるから。また連絡がもらえるのかなって考える日々が待ってるから。次は「友人」の中から俺を選んでくれるのかなって。
だからどんどん朝が好きじゃなくなっていった。
でも、初めてだ。
「……おはよう」
こんな朝は。
「お、おはようございます」
寝ている俺の髪を撫でながら、とても嬉しそうに、すごくすごく嬉しそうに微笑む敦之さんがそこにいて。
「昨日、あまりちゃんと乾かさずに寝たから、見事な寝癖だ」
「ぁ……」
「でも、拓馬の髪は柔らかいからすぐに直るだろうけど」
朝、敦之さんが、おはよう、を言うようにキスをして、また笑う。そんな朝は。
まるで恋人同士の交わす挨拶のようなキスで迎える朝は、初めて。
「朝食を頼んでおいた。そろそろ来るだろうから」
「ぁ、はい」
「朝食を済ませて、シャワーでも浴びて、そしたらチェックアウトの時間になるかな」
「はい」
起き上がると確かに、ぴょんって髪が跳ねていて、好きな人に披露していいような頭をしているのか? と急いで自分の手で髪を撫でつける。そんな俺を見て、敦之さんが目を細めながらキスをする。
「可愛いよ」
なんて囁きながら。
なんて、なんて甘い朝なんだろう。
気のせい、じゃないと思う。昨日の夜から、甘さが増した。「友人」の時にはなかった甘さ。なんていうか、トロトロに煮込まれて、砂糖も蜂蜜も全部混ざったみたいな。
「これはヤキモチとかではなく、昨日、大丈夫だった? 呼び出したの急だったから、友人の飲みに行く約束だとか」
「ぁ」
「彼と飲んだりしてたんじゃないのか?」
「あ! あれは立花君って言って、同僚なんです。たまたま友達と飲んでたみたいで、俺とじゃなくて、俺は全然」
「立花君……覚えておこう」
「え? なんで」
「君を横取りされるかもしれない」
「……」
砂糖も蜂蜜も混ぜてコトコト煮込んだみたい。
「ないですよ。あの、俺なんて……あ! そうだ! あの、これっ」
慌ててベッドを降りると、昨日の激しさがまだ残ってる身体はよろけた。でも転ばなかったのは、激しくした張本人の敦之さんが腰に手を置いて支えてくれたから。
「あの、これ……」
「……」
手の中には銀色の物。
「これっ、ストックの鍵なんです。そのっ、敦之さん忙しい人だし、ホテルを毎回ってお金かかるし、敦之さんにいつも出して貰ってるの申し訳ないし。けど、割り勘できるかって言うとそれも厳しくて。ごめんなさい。あ、で、それで、これ、使って、くださいっ。昨日みたいに急に会えそうな時とか、その、これ使ってもらっていいんで。あのっ! 全然庶民の、アパートなんで、もしかしたら敦之さんのうちのトイレくらいの大きさしかないかもしれないけど、でも、掃除しときます。なので、時間ができて、それで会いたいなぁなんて……ちょっとでも思ってくれた、ら、どぞ、あの、駅まで迎えにも行けますし。あ、勝手に入ってもらって構いません。誰も来ないし、その……」
一人でたくさん話しすぎた。
なんか、銀色の平凡な鍵は俺の手の中にある時は違和感なんてこれっぽっちもなかったのに、敦之さんの掌の中に置いたら、途端に貧相に見えてさ。それにやっぱりまだ実感が……だって貴方が俺のことを、なんてさ。
「ありがとう。とても嬉しいよ」
「あ……いえ……あ! 住所は後でメールします!」
受け取ってもらえた。
「どうして?」
「え、だって、場所わからないと」
「後でうちまで送らせてもらえないのか?」
「ぇ……あ」
「だからメールは大丈夫だよ」
微笑んで、腰を抱いていた大きな手がそのまま俺の腰を自分の方へと引き寄せる。
「……ン」
待っていたのは丁寧なキスだった。ゆっくりと唇を合わせて、そっと舌にその唇を濡らされる、柔らかいキス。
「ぁ……」
いつも朝はホテルのところで別れてた。ホテルはいつも駅の近くだったから、そこから電車で自宅まで。「友人」だから。
「あ、敦之さん、朝ごはんが……」
「そうだな」
「あっ」
そうだって言ったのに、敦之さんは手を止めることなく腰を強く掴んで、身体が密着してしまう。
「や、ぁ、敦之さん」
首筋のキスはとても弱くて、そこを音を立てて吸われるとたまらなくなるんだ。すぐに、身体が欲しがりになる。
「あ、あ」
「はしゃいでる」
「敦之さん」
「拓馬から合鍵をもらえて、はしゃいでるんだ」
「あっ」
「拓馬」
朝日がいっぱいに降り注ぐ部屋で、ナイトウエアをめくりあげられ、背中を撫でられたら、もう――。
「ありがとう、拓馬」
「あ、ン」
甘い甘い声。
「あ、敦之さんっ」
甘い苺に砂糖に、蜂蜜も全部混ぜて、トロトロに煮込んだジャムみたいな甘い声を溢しながら、昨日たくさんセックスをした身体は、好きな人の、恋人の、ペニスでまた奥深くまで抉じ開けられて、蕩けるほどの心地でしゃぶりついた。
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