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第54話 王子様
「えっと……これで、ご飯はセットしたし……それから……」
初めてレシピを見ながら料理したかもしれない。いつもは適当だったから。混ぜるだけで簡単に、みたいなのを適当に使って食べられる物を作ってたから。
彼氏、手料理、とかで検索して、人気のメニュー調べて。
オムライスにハンバーグ、肉じゃがにカレー、結構人気の手料理は子どもでも好きそうなものばかりだったけど、でも、どれも敦之さんにはあまり似合わないっていうかさ。スペイン料理のお店もかっこよかったし、ホテルの部屋で食べる料理もすごくお洒落だったし、何より、サンドイッチが三角じゃなかったから、なんか、子どもっぽいメニューがあまり似合わないっていうか。
でも、ナントカントカのナントカ、みたいなフランス料理も、かっこいいスペイン料理もできそうにないし、サンドイッチはいつも食べるから、作ったところで高級ホテルのシェフの味に俺が勝てるわけもないから。
一週間色々考えて、選んだのは牛すじ煮込みカレーだった。
これならほら、なんかすごそうだし、牛すじの下処理が少し手間だけどそれだけが問題であとは普通でいいって書いてあったし、いいかなって。
「シーツは洗ったし……」
自分で言っておいて、赤面した。
シーツは洗ったしってさ、なんか、ほら、その、する気満々というか。いや、今、シーツって単語に連動した頭の中の妄想がさ、つまりは……色々。
「ねっ、寝るのにシーツは替えておかないと!」
する気満々っていう自分の内心がぽろりと溢れたことを誤魔化すように、独り言にしては随分大きな声で呟いた。
「泊まってく、よね」
ホテルではいつも泊まってたし。
「あ……でも、外で食事とかするつもりだったかな」
敦之さん、いいレストランたくさん知ってるし。何も、ど素人の初心者レシピの夕食なんて微妙なことは望んでなかったりするんじゃないかな。
今日一日ずっとこんな感じだ。
慌ててみたり、赤面してみたり、と、思ったら急に心配になってきたり。まだ敦之さんがうちに来る時間になんてなってないのに、それでももうソワソワしてる。
ずーっとこんな感じ。
料理は大丈夫かな。掃除はバッチリ? あとは、あと必要そうなものは? って、ずっと。
ランチョンマットなんて買ったんだ。使ったことがない。
箸置きも買った。もちろん、しがないサラリーマンの一人暮らしじゃ持ってなかったから。
それから、ワイングラスも買った。
ワインを持ってきてくれるって言ってたから。けれど、うちにはワイングラスなんて気の利いたものはないと気がついて慌てて買ってきたんだ。
「……そろそろ、かな」
きっとスーツじゃない。
夕方に来るって言ってた。いつもよりもずっと早い時間だ。休みとか、なのかもしれない。
まだ、知らないんだ。
敦之さんがどんな仕事をしているのか、ちゃんとは知らない。大きな仕事があったり、秘書がいたり、どこかの社長とかなのかもしれないなぁなんて勝手に想像してる。もしかしたら、俺みたいな庶民には知られてはいけないような重要な仕事をしている人なのかもしれない、とか思ったり。
でも、いいんだ。
彼が――。
――好きだ。
そう言ってくれる時の敦之さんはいつもと少し違うから。余裕があってかっこよくて、上品な人、じゃなくて、少し、子どもっぽく見えるところがあるから。
ドキドキしていそうで、嬉しそうで。
言われてる俺も、ドキドキして、嬉しくなるから。
だから、別に彼がどんな仕事をしていたってさ。
その時、スマホが振動をして、俺は飛び上がった。
敦之さんだって、慌ててスマホを握りしめてしまう。
「もしもし?」
『すまない』
「あ……」
もしかして、今日、ダメになっちゃったとかかな。まだ約束していた時間よりはずっと早い。
先週、大きな仕事が終わったと言ってたんだから、次のまた新しい仕事が入っちゃったのかもしれない。忙しい人なのは、仕事の内容を知らなくたってわかる。
「あ、いえ、気にしないでください」
『……て、しまった』
「え?」
外にいるみたい。部屋の中とかじゃない。仕事先? 今から向かうところ?
『来てしまった。まだ約束の時間になってないのに』
「……ぇ?」
『今だと都合が悪いようなら一旦帰るよ。時間になったらまた来る』
「あ! いえ!」
思わず大きな声が出ちゃった。
「いえ、あの! 大丈夫です! 待ってましたから!」
まだ約束の時間には全然なっていないけれど。
「どうぞ、あの」
ずっと貴方に会えるのを待っていた。
一週間嬉しくて、ソワソワしてた。
『あー、あとすまない』
「はい」
『先に訊いておくべきだったんだが』
「はい」
会いたくて、少し落ち着かなくて。
立花君にだって、なんかまた良いことあったんでしょう? なんて突かれたくらい。
『部屋の番号を知らないんだ』
「あ!」
『だから』
「す、すみません! 待っててください!」
どこか間抜けになっちゃうくらい、ずっと貴方に会いたかった。
「!」
玄関を開けて、外に飛び出すと彼がいた。
「君の部屋番号を知らないと、今、ここでようやく思ったんだ」
小さな花束と、もう一つ花束を持っているのかと思ったくらい綺麗に包装されてリボンで飾られたワインを手に持った、まるで王子様のような貴方がいた。
「間抜けだろう?」
お伽話から飛び出てきた王子様みたいな敦之さんがアパートの前で、照れ臭そうに苦笑いを零していた。
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