66 / 124

第65話 旅行プラン

 外回りをしている最中だった。ちょうど昼休憩を社用車の中でとっていると、助手席のスマホがブブブブと振動した。ガサゴソと、コンビニの袋の下からそれを引っ張り出すと、少しだけ落胆してしまう。敦之さんかと思ったから。  でも、連絡をくれたのは立花君だった。 「お疲れ様ーっす!」 「あ、えっと、お疲れ様です」  この前、連絡先を交換したんだ。旅行のことを代理店勤めの友人に色々聞いてくれると言ってた。 「昼休憩っすよね?」 「あ、うん」 「外回り中だったら悪いなーって思って」 「平気、です」 「よかったっす。この前話した旅行の、とりあえず、セレブでもいい感じな宿、温泉で搾ってピックアップしてもらったんで、あとでURL送っておきます」 「あ、ありがと。電話、メールで構わないのに、立花君も昼休憩中でしょ?」 「あー、俺、メール打つのめんどいんすよ。だから電話で。パンフもらったんすけど、いなかったんで。あとで渡します。デスク置いておくと、部長とか勝手に見そうなんで」 「あはは」 「そんじゃー」 「あ、はい」  確かに、って思った。会社のデスクは会社のものだから、私物を隠し持ってることの方がダメなんだろうけど、うちの営業部長はそういうことじゃなく、興味本位で人のプライベート漁りそうだからなぁ、なんて。別の部署で接点もほとんどないはずの立花君にも同じように思われてるんだなぁと部長の人望の無さを実感しつつ、送ってもらった旅館を見ていた。  写真で見る内観はすごくいい感じなところばかり。お洒落で、露天風呂付きとかもある。  この露天風呂付きのところ、ご飯も美味しそうだ。部屋食……できるんだ。そしたら、敦之さんはゆっくりできるかな。でもこういうところも行き慣れてるよね。露天風呂付きとかだって。  再び、スマホに今度はメッセージが届いた。  ――俺的には、露天風呂付きのとこオススメです。って、勝手にリストの見ちゃったんすけど、飯も美味そうでした。  ――あ、俺も。  ――マジっすか! じゃあ、予約頼みましょっか?  立花君もそう思ったんだ。普通に豪華でお洒落で、少し贅沢をしたい旅行にぴったりだよね。うん。ご飯も美味しそうだし。  ――あ、うん。けどもう少しちょっと見てみる。ごめん。  ――いいっすよー、それじゃ、またあとでパンフ。  ――お願いします。ありがとう。  ――いえいえー。  そこでスタンプがついたから会話は終わり。そろそろ、昼休憩も終わりだ。午後の外回りに行かないとって、エンジンをかけると、車がやれやれと少し気だるそうに音を立てた。 「あ、小野池さーん」 「立花君」  外回りを終えて、社用車を駐車場に止めていると、作業服の一段が工場ので入り口のところにしゃがみ込んでいた。外にある喫煙所だ。前は屋内にある休憩所で吸えたらしいのだけれど、このご時世、喫煙は煙たがられる。喫煙は外で、ということになり、休憩所から灰皿は撤去された。残っているのはその時の名残のヤニ色をした壁紙だけ。  その喫煙者の一段から、ぴょんと立ち上がると土ぼこりを払うように背中とお尻をパンパンと払って、立花君が駆け寄った。 「どうでした? 宿」 「あ、うん。あの露天風呂の付きのとこやっぱりすごそうだね」 「いいっすよね」 「うん、でもっまだもう少し」 「いつなんですっけ? 旅行」 「あ、えっと旅行は十月の二十四日にしようと思ってるんだけど……」 「二十四、っすね。あ、日曜?」 「うん」  誕生日、日付が変わった時におめでとうを言いたいから、その前に宿泊がいいなぁって思った。そしたら、十二時ちょうどに誰よりも早く彼にお祝いの言葉を告げられる。  一番乗りだ。 「そっかぁ……」 「立花君?」 「いやぁ、その日、そしたら二十五の月曜はいないんすよね。会社に」 「あ、うん」 「なんか寂しいなぁって思って。ないっすか? そういうの、親しい人が会社休みだと少し寂しいみたいなの」 「……」 「それに! 有給使うのずるいっす! 製造、全然休み取れないんすよ」  立花君は大袈裟なくらいに大きな溜め息を付くと、首を傾げた。 「俺も、そんなにとったことないよ。有給」 「ですよね。有給使うと渋い顔するやついるんすもん」 「うん」  ちゃんとした権利なんだけどねって呟くと、ほんとっすよって笑ってる。 「そしたら、露天風呂んとこ確保しておきますか?」 「あー……えっと」  ただの温泉旅館じゃ、ね。  だって、敦之さんの誕生日だし。  かといって、ものすごく高そうなところも、ね。  だって、あの、しがないサラリーマンなので。  じゃあ、どこがいいかな。叶うなら、なんでもできそうな、それこそ魔法使いみたいになんでもできてしまいそうな敦之さんがしたことのない旅行がいい。彼のしたことの……。 「……」  朝の満員電車の中、そのうち足がつかなくなるんじゃないかってくらいにぎゅうぎゅうに人が詰め込まれた車内じゃ、上しか視線を向けるところがなくて。その視線を向けた中吊り広告に見つけたんだ。 「……あ!」  思わず声が出ちゃって、チラリと無言の視線が刺さった気がして、ほとんど身動き取れないけれど僅かに俯いた。  これ、いいかも。  夜景は夜景でも満天の星。秋に見える星座は…………わからないけど、星が見えて。  二人っきりで。  お洒落で。  これなら、敦之さんの誕生日にもいいんじゃないかなって。ぎゅうぎゅう詰めの車内だからこそ見つけられた、中吊り広告のそれに、サラリーマンになって初めて満員電車へ感謝をした。

ともだちにシェアしよう!