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第75話 王子様
華道家、なんだって。
花を生ける仕事をしているんだって。
だからだ――。
「おはよう、拓馬」
「!」
敦之さんの微笑み方が甘やかで、優しくて、花が咲いたみたいに綺麗なのは。
「お、はよう、ございます」
「おはよう」
目を覚ますと、敦之さんが俺の小さなベッドの中でとても、ものすごく嬉しそうに微笑んでこっちを見つめていた。俺の、目が合った瞬間に熱くなった頬を手の甲でそっと撫でてから、大きな手で頭を撫でて、多分いつも通り寝癖がすごいことになっているんだろう髪を撫でつけるように梳いてくれる。
「敦之さんのお仕事って、朝、何時くらいに出勤なんですか?」
初めてだ。彼に仕事のことを質問したのは。
華道家なんて身近にいない存在だったから、ちっともわからないんだ。どういう毎日を送っているのか。
「朝は普通に起きるようにしてる。華道家は色々な働き方をしている人がいて、商品として花を仕事場で活ける人もいるんだ」
「仕事場で……サラリーマンみたいに、ですか?」
「あぁ、俺は、またちょっと違っていて」
「出張公演とか?」
「あぁ」
敦之さんがお花のことを教えてくれるのか。優しく丁寧に教えてくれるんだろうなぁ。そして何より人気がありそうだ。女性の講習受講者多そう、なんて思ってみたりして。
「それから作品としてホテルや」
「駅の、地下通路とか?」
「あぁ、そういうところに花を活けることもしてる」
「なんか、すごいですね」
「そんなことはないよ」
「そんなことあります。だって、あの地下通路の花すごく綺麗でした。あ! そうだ、この前、俺が出席した結婚式、そこのホテルにもありましたよ。敦之さんの活けた花が」
とても綺麗だった。
「豪華で、迫力もあって、なんか花って綺麗って感じがしたけど、あそこに活けられた花はなんかすごいパワフルでした!」
「……ありがとう」
「それで、俺、見惚れちゃってて、あ、そういえば、前にいただいた花束、うちに来た時の、あの花も」
「俺が活けたんだ」
「そっかー。敦之さんが活けたんなら、もっとたくさん写真撮っておけばよかった。すごく綺麗で、俺、部屋に花なんて置いたことなかったか、ら……」
そっと、敦之さんがまた俺の頬を撫でた。
「ありがとう」
「……」
「いつも、華道家だと話すと、少し距離ができるから」
「……」
「企業勤めの華道家ならよかったんだろうけど、俺はちょっと違うから。こんなふうに話したことがないんだ」
優しく撫でてくれるその手を掴んだ。そっと、両手で掴んで、自分の懐にしまうように胸に持っていく。
「俺、敦之さんの手、好きです」
「手?」
「優しくて」
「……」
「きっとたくさん花に触ってきたから優しんだろうなって思います。それに、魔法の手みたい」
「……」
「街中で見かけた、敦之さんの作品、あんなすごいのを作り出せる手」
それに、俺みたいなただのサラリーマンのつまらない日々をこんなに変えちゃう魔法の手。きっと、シンデレラのボロきれをドレスに、かぼちゃを馬車に、杖一振りで変えてしまう魔法使いよりもすごい手。
「大事な手、です」
その手にそっと口付けをした。優しく、丁寧に、貴方が俺にしてくれるキスのように。
「結婚式、楽しかった?」
「まぁ、普通に」
「そう……俺は少し気が気じゃなかった、かな」
「?」
「だって、君が失恋した相手だろう? やっぱり名残惜しくて、とか、その頃から可愛かったけど、今はもっと可愛い拓馬に相手も、もしかしたら、とか」
真剣に心配そうな顔をされて、吹き出しそうになった。
「そんなこと、心配してたんですか?」
飛躍しすぎだし、それに、何より。
「ないですよ。俺、敦之さんが好きなんですから」
言いながら、ついつい敦之さんのものすごい想像力に笑ってしまいそうになりながら、もぞもぞとベッドの中を移動して、敦之さんに密着するほど近くまで行くと、そこでキスをした。ゴロ寝をしたまま。
「ね? 敦之さん」
好きなのは貴方だと伝わるように、少しだけ唇を啄んで。
「…………やっぱり」
「?」
「今日は、仕事、休んだ方がいい」
「え?」
「拓馬は可愛いから、そんな拓馬を彼がいる会社に送り出すのは危険だ」
「……」
「それに、あの部長だって……もしかしたら」
「ええええええええ? ちょ、やめてください。部長とか……マジで、怖すぎるし。そんなことがもしあったら」
グッと握り拳を作ってみせた。
「セクハラで訴えます!」
「……」
「パワハラのセット付きです」
「……っぷ、なるほど。そしたら、知り合いに凄腕の弁護士がいるから、紹介しよう」
「弁護士の知り合いが」
「あぁ、幼馴染だ。それに検察庁にも知り合いがいるし。そうだ、他にも」
「なんか、すごいです」
世界が違う感じ。知り合いも、住んでる場所も、何もかも違うけれど。
「……拓馬」
「なんか、本当に」
気が引けてしまいそうなほど、住んでいる世界が違うけれど。
「王子様みたい」
「……」
その手を捕まえて、そっと抱きついた。
「俺の王子様」
おこがましい一言を、そっと、貴方にだけ聞こえるように、そっと、その胸に告げた。
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