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第77話 王子様とお買い物
やっぱり変な感じがする。
「拓馬、アルコールも売ってるからここで買おうか」
前からどんな様子だろうって思ってたけど、やっぱり変な感じ。敦之さんが薬局で買い物をしている姿って。
まだ自分が恋人になれるなんて、これっぽっちも思ったことがなかった時だった。薬局で買い物くらいするって話をして、こんなに綺麗な人の日常ってどんななんだろうと想像してみたけれど。
実際に見てみると、やっぱり。
うん。
すごい、変な光景。
敦之さんの存在自体が非日常だもんな。王子様がぶらりと薬局で買い物してたら、そりゃ不思議な光景だ。
「あ、お酒なら、ここからちょっといったところに安いお店が」
「そう?」
言って、そこで気がついた。馬鹿だな。ここで買うよりも数十円安くなるだけでのことで、敦之さんにとってはここで買おうが、どこで買おうが、普段自分が飲んでいるものよりもはるかに安いんだって。
「じゃあ、そっちに行こう」
でもこの人はそうは思わず、あとでその店への案内を頼むと手を繋いで笑うんだ。
「そしたら、ついでにあそこのパン屋にも寄ろう」
「気に入ったんですか?」
「あぁ、あそこのキーマカレーパン」
「美味しいですよね」
にっこりと笑って、薬局での買い物の続きをする。欲しいのは絆創膏と洗濯用の洗剤に。
「お菓子も持って行こうか。これ、美味しそうだ」
「じゃあ、買いましょう」
明日から、旅行なんだ。
敦之さんの誕生日のお祝いの旅行。グランピング。星が綺麗に見えるんだって。何度も天気予報をチェックしているけれど星マークはずっとついていてくれてる。
敦之さんは三十歳になる。そしたら、今度は新しい上条家の当主として今まで以上に忙しくなる。
「それにしてもよく休みが取れたね。拓馬。平日だろう?」
「あ、はい、まぁ……」
「拓馬?」
言葉を濁した俺に、敦之さんが怪訝な顔をした。まぁ、それなりにブラックな企業だからさ。何かあったんだろうかと心配してくれてる。
「あ! いえ! あの、なんというか……」
ブラックな企業だから、なんというか、ほら。
「最近、とっても好待遇なんです。あの花束事件で」
ね、ほら、呆れるよね。まさか花束一つでそんなに待遇が変わる? ってくらいに、部長がさ、俺に仕事を押し付けなくなったんだ。「あの」有名な、「あの」すごい華道家が、親戚にいるなんてって。雪隆さんがああいう輩は権力にめっぽう弱いっていってたけど、本当にブンブンって音がしそうなくらい、尻尾が見えそうなくらいに、すごく……。
「なので、休みが取りやすくて」
「それはよかった」
「でも、それじゃ、他の社員は? ってなるんで、仕事はちゃんとしてます。それから、少しずつ職場を変えていけたらなって……思ってて……」
いろんな部署の人に声をかけてみたり、発言をできるだけミーティングとかでもしてみたり。声をかけるだけで、仕事が捗るようになった。仕事が捗るようになると無理な残業が少しずつ減っていく。発言をたった一つしてみただけで、もう一つ、答えるように発言が出てくるようになった。そしたら、そこに答えるように、またもう一つ。
少しずつ、少しずつ、動いていったら、何かがいい方向に向かうことがあるかもしれない。俺でも、いい方向にしていけるのかもしれない。
最近、そう思えるようになった。
「この前は、休憩室の大掃除をしたんです。すごく汚くて。そしたらすごいスッキリして」
劇的になんて変えられないよ。でも、せっかくなら、ちゃんとしたい。
貴方の隣にいても恥ずかしくない、俺なんて、って思わない自分になりたい。
「拓馬は」
「?」
「いつも一生懸命だ」
「……」
「そういうところもすごく好きだよ」
「!」
やっぱり王子様だ。
仕草ひとつが映画のワンシーンのよう。ただ頬に触れて、微笑んでくれるだけで、胸がときめくようなワンシーンになる。
俺はそんな王子様の隣にいてもいいのだろうかと、おこがましいと思われるんじゃないかなって。他にずっと素敵な人が敦之さんにはいつか現れてしまうかもしれないってさ。
俺なんて。
俺なんか。
それがいつも胸のどこかにあった。褒められても、素直に喜べない自分がいた。でも――。
「あ、りがとうございます」
でも、今は、喜んじゃう自分が真っ先に出てくる。
「俺も、敦之さんが好きです」
「ありがとう」
貴方に素直に答える自分がいる。
「それにしても、親戚なんて言っちゃっていいのかなぁって。全然、そんなんじゃないのに、社長とか本当にすごい信じてるんですよ」
「そう? 嘘じゃないだろう?」
貴方の隣にいられる自分になりたいと思うようになったんだ。
「俺にしてみたら、君は親戚じゃないけれど、雪隆にしてみたら、兄のパートナーだ。親戚、身内、なんだから」
「みっ!」
「そう、身内だ。今度、訊いてみるといい。あの無表情で、親戚とは、血のつながり、または婚姻などによる結びつきのできた関係のことを言うのですよ? 貴方は兄といつかは婚姻を、と考えてるわけではなかったのですか? その覚悟があるとおっしゃってませんでしたか? そうですか。違ってましたか……って」
「っぷ」
「こんな顔をして」
「あははは」
すごい似ていた。さすが、うん、兄弟だなって、感心してしまった。するどーく目を細くして、口を真一文字に結んで、すました感じに話すと、そっくりで笑ってしまうほど。
「似てるだろう? あの仏頂面に」
たまに見せるこういう敦之さんの子どもっぽいところが好き。
「さ、次はアルコールだ」
「あ、はい」
「あ! そうだ、あれを切らしてた」
「?」
そういって、敦之さんがレジへ向かう途中から、急ブレーキをかけて、手前を右に曲がり、商品棚へと向かう。向かった場所は。
「!」
「超薄タイプ、プレミ」
「うわー!」
「あはははは」
悪戯が案外好きなところも好き。
「ほら、行こう、拓馬」
紳士で、優しいところも好き。
「おいで」
「……はい、あ、あの、手をまた繋いでもいいですか?」
他にもたくさん、山ほど好きなところがあるけれど。
「あぁもちろん」
俺に微笑んでくれる時の貴方がたまらなく、大好き。
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