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第79話 星空ピクニック
高速を降りて、今度は山道へ向かい、森の中を三十分ほど走ると、看板が見えてきた。あとはその看板に誘導されるまま走って、車を止める。車はほかにも停まっているけれど、特に人の気配は全く感じられなかった。外に出ると、自宅付近よりも温度がグンと下がって感じられた。冷たくて、でも澄み切った中に木の、葉の、みずみずしさが混ざっている。
大きく深呼吸をする自分の呼吸の音だけが聞こえてきた。
「すごいですね」
「あぁ、落ち着く」
やっぱり、ここにしてよかった。花を扱う人だからきっと自然の中は好きだと思うんだ。植物とかさ。
「あ、あっちが受付みたいです」
「行ってみよう」
案内図ならインターネットで何度も何度も見ていたから大丈夫。ここの先に受付があって、隣がキッチンエリア、そこで調理をして、川でバーベキューもできるし、宿泊施設の中でしてもいい。それとは別に特別プレートを注文したりもできるから、俺たちはその特別プレートを二つ、自分たちでするバーベキューとは別にお願いしていた。
舗装されていたのは道路までで、ここから先は全て砂利道になっていた。歩くたびにジャリジャリって音がして、その音だけが響いてる。それから渓谷を流れる川の水の音。
宿泊するのはエリア別になっていて、木の名前がそのエリアごとにつけられていた。俺と敦之さんが泊まるのは「欅」エリアをリクエストした。一番奥になっていたから。
「いらっしゃいませ」
少し、ドキドキした。
「あ、あの、今日、予約をしている、小野池、です」
いつもは受付を敦之さんがするから。でも、今日は、俺がエスコート係。
名前を二人分。
小野池拓馬。
上条敦之。
受付カードに記入して、並んでいる文字に少しときめいて。
「こちらがルームキーになります」
「は、はい」
宿泊の説明を聞きながら、ワクワクしていた。
「こっちです」
「あぁ」
受付が終わると、頭の中に入っているルート通りに「欅」へと向かった。ちょっとした散歩だ。散策、かな。川沿いの道は少し坂道になっていて、それをゆっくり、コンクリートにばかり馴染んでいる不慣れな足で一歩一歩進んでいく。
「静かでいいな」
「はい」
二人で自然に手を繋ぎながら。
「敦之さんのこういうところ、すごく好きで憧れます」
「?」
「手を自然と、普通に繋いでくれるところ」
「あぁ」
「俺は、ずっと隠してたから」
男性へと向ける恋心はずっと隠してきた。ファーストキスみたいに、ウゲーって、服の裾で拭われてしまうものだと思っていたから。俺の恋は全て。
「好きな人が同性っていうだけだ。別に悪いことはしてないよ」
「……はい」
「できることなら、君のことを世界中に自慢したいくらいなんだ」
「……」
「本当だよ?」
キュッと手を強く握った。
俺もですって伝わるように。
「……はい」
胸が詰まって、言葉がちゃんと出てきてくれないから、せいぜい返事をするのが精一杯だったから。
俺も貴方のことが本当に大好きでたまらなくて、ねぇこんな素敵な人が俺の最愛の人なんだーって、世界中に自慢したいんですって言う代わりに、結んだ手にぎゅっと、ぎゅっと力を込めた。
「えー、そんなに厳しかったんですか?」
「あぁ。テレビなんてほとんど見せてもらえなくて、小学生の頃に友達のうちで初めて見たくらい」
「本当に?」
「本当だよ。あと、コンビニにも行ったことがなかった」
「えええええ?」
「街中に乱立しているあのチェーン店は何の店だろうって思ってた」
そんな人が世の中にいるなんて思ってもみなかった。
「子どもの頃の話だ。拓馬は? どんな子どもだった?」
「俺ですか? うーん」
料理をしながらたくさん話をした。生焼けの玉ねぎの辛さに二人してしかめっ面になってみたり、熱くてどう食べたらいいのかわからないトウモロコシに悪戦苦闘してみたり。海鮮のアヒージョに二人で大満足って思いながら、またあのスペイン料理のお店に行こうって話してみたり。
夜空の下でたくさん。
「普通の子どもでした」
「どんな?」
「少し引っ込み思案で」
「どの教科が一番好きだった?」
「うーん……算数かな」
「へぇ」
「敦之さんは?」
「音楽、かな」
「そうなんですか?」
「あぁ、歌うのが好きで、合唱コンクールとか張り切ってた」
ピクニック、みたいって思ったことがあったっけ。
「聞きたいです! 敦之さんの歌」
「下手だよ」
「絶対に上手だと思う! 今度カラオケ行きましょう!」
「いいよ」
「本当ですか? やった」
「君の歌声が聞けるから」
「……あ」
「あはは、運転しかり。拓馬は可愛いな」
ベッドの中で食べたルームサービスのサンドイッチがとても美味しかったんだ。貴方と他愛のない会話をしながら食べるのが楽しくて、美味しくて、一日、ご飯を抜いてその夜を待ち望んでいた俺は、全部が満たされていく心地にふわふわしていた。
「や、やっぱり、カラオケはなしです!」
「やだ」
「ええええ?」
「カラオケに行こう、来週かな。来週、四国に花関係で仕事に行くんだ。帰ってきたらカラオケデート」
「……」
「ごめん。俺と一緒にいると、こんな毎日になる、と思う」
あっちへこっちへと、仕事で飛び回る忙しい人。
「あ、えっと、違うんです。その」
でもどこでどんな仕事をしているのは知らなかったから。
「敦之さんの予定を知ってるの、嬉しいなぁって」
「……」
「なので、謝らないでください」
「……拓馬」
それからもう一つ、嬉しかったんだ。
「あ、そうだ! これも焼いちゃいましょうか! お肉、まだあるんですよ。たくさん買っちゃったから、だから、あ……」
ふと、触れる唇が優しくてドキマギしてしまう。
バレちゃわないかなって。
来週はカラオケデートって、次の予定が当たり前のように決まっていく。次もあるのかな、次も俺を選んでくれるのかな、そう思うばかりだった俺には、それもたまらなく嬉しくて仕方がないから。まだ、貴方の恋人になれたんだと自覚する度に、嬉しくて大喜びでたくさんはしゃいでしまってるって、貴方にバレてしまわないかなって、ドキマギしているんだ。
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