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第82話 幸せな恋の歌
ラブソングだ。
優しい恋の歌。でもちょっと切ない感じにも聞こえる、かな。
生きている意味も、明日を想う喜びも、貴方と出会って変わった――って、敦之さんが優しく、けれど、伸ばすと少し掠れる声で歌ってる。カーテンを開けて、外を眺めながら。
球体型だから一面星空なんだけれど、周りからは全て丸見えじゃ落ち着かないから、カーテンもちゃんとついている。屋根部分、空からしか見えない部分にそのカーテンがないから、常に星空は綺麗に見えるようになっていた。
敦之さんはカーテンを自分の見える部分だけ開けて、暗い中でソファに座って、スマホで何か見ながら、ラブソングを小さな声で歌っていた。
「やっぱり……カラオケ行きたいです……」
「……ごめん、起こしてしまった」
「いえ……」
何をしていたんだろう。スマホなんて、一緒にいる時、ほとんど使わなかったのに。
「拓馬の寝顔を見てたら、ふと、花のイメージができたんだ」
「ぇ?」
「構想が思い浮かんだから、メモしていた」
敦之さんは夜の濃い青色が染み込んだ部屋をぼんやりと照らしていたスマホをテーブルに置いて、ベッドに戻ってきてくれた。
「星空をイメージした花なんだ。いつもとは違う雰囲気になりそうだ」
「……」
「今度、拓馬に見せるよ」
「!」
初めてだった。敦之さんの鼻歌も、花を、彼が生けた花を見せると言ってくれたのも。
「聞かれてしまった」
「? 歌、ですか?」
「下手だから、少し恥ずかしいな」
「えー、やっぱり予想通り上手でしたよ。かっこいい」
ベッドに戻ってきた敦之さんは当たり前のように俺を抱き抱えて、照れ臭そうに笑ってる。つい歌ってしまったんだって、小さく呟いて。
水族館デートの後、ホテルで一泊した時はずっと起きていたくて、たくさん話をしたっけ。寝たら、あっという間に朝になってしまう。それが嫌で、その日が終わってしまうのをどうにか引き伸ばしたくて、ずっと起きていた。
「あの時、君の恋愛遍歴を聞いたっけ」
「……」
「水族館でデートをした後、起きていたくて、君を一晩付き合わせた」
覚えていてくれたんだ。
「今思うと呆れる」
どうして? そんなことないのに。何も。
「自分で訊いたくせに、だんだんとヤキモチを妬いた」
「……妬いてくれてたりして、って、妄想して、ました」
「すごく妬いてたよ」
二人して、これまでをなぞるように思い出しては、今の自分達が嬉しくてたまらなくなる。あの時は切なかったのに、今は、そうじゃないって、ホッとして、噛み締めて、嬉しいなぁって。
「君に好かれてた男がいるんだなって」
「……もう、あの時は、俺、敦之さんが好きでしたよ」
「俺も、君のことが好きだったよ」
笑ってしまうほどの両想いで、呆れてしまうほどの片想いに、二人でくすくす笑って、そして、ギュッと抱きしめた。
「起こしてしまった。おやすみ」
今日が終わらなければいいのに……そう思ってた。終わったら、せっかくのデートが終いになってしまうから。
「はい。おやすみなさい」
でも、今日はたくさん遊んだから、たくさん貴方と抱き合って満たされたから。
おやすみなさい。また明日。
そう挨拶をして、抱き合ったまま目を閉じた。今日は終わるけど、明日は「おはよう」が言えるから。明日が終わって、それぞれのうちに帰るけれど、また次があるから。
次に敦之さんと会えるのが、もう楽しみだから。腕の中からそっと見上げた夜空はとてもとても綺麗で、この夜空をイメージしたって言っていた花はどんななんだろうって、今日が終いになることを惜しむことなく、目を閉じた。
「なんか、すごいですね」
目を覚ますと、青空が広がっている。思わず、寝起きでボケている俺は掴めるわけでもないのに、その青空に向けて手を伸ばした。
まるで空を飛んでるみたいだった。
どこまでも青空ばかりで。
その青空に伸ばした手を掴んで、指先に、敦之さんがキスをした。
「おはよう」
「……おはようございます」
朝から驚くくらいにかっこいい。
「今日も天気は良さそうだ」
「はい」
敦之さんは身体を起こして、少しだけ俺に被さるように胸を重ねて、掴んだ手首を指先でくすぐりながら、そっとキスをしてくれた。
「こんなに明るいと少し照れくさいですね」
「そう?」
空から丸見えだ。
「君の寝顔がよく見えて、とてもいい」
「えー、涎垂らしてそうです」
「そこがまたいいんだろう?」
「えぇ?」
本当に垂らしてた?
慌てると、楽しそうに笑ってる。からかってるのか、本当に口を開けてぐーぐー眠っていたのかもしれないと、どっちにも取れる楽しそうな悪戯顔をしてる。
「さぁ、起きようか」
「あ、はい」
「ここはルームサービス一本で朝食は届かないから。二人で作ろう」
「はい」
敦之さんにつられて起き上がると、また笑った。
「やっぱり、すごいな」
「?」
「拓馬の柔らかい髪が作る寝癖は芸術だと思うよ」
「!」
そんなにすごいの? そう慌てたけれど。
「華道家がいうんだから、間違いない」
「も……もお……」
自分で華道家だと楽しそうに話してくれる敦之さんが嬉しくて、笑ってくれたのも嬉しくて、ただの寝癖なのに、撫でつけてしまえばすぐに直るけれど、手で触れることなく、しばらくそのままにしていた。
「あ、朝ごはん、にしましょう! 俺、腹ぺこです」
「あぁ、俺もだ」
とにかく二人で朝ごはんを作ることにした。笑いながら。
これから朝食を二人で取るときを思い浮かべては、これからの朝に期待とくすぐったさを感じて。
「和食にしますか? それとも洋食?」
「そうだなぁ」
二人で笑いながら。
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