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新居編 9 敦之さんの困り事
ただのサラリーマンなんだ。
普通の、どこにでもいるサラリーマン。
でも、貴方は俺をとても大事にしてくれる。まるで花のように、大事に。
「……ん」
そうやって触れてくれる優しいキスに声が溢れた。
「……あ、の」
プロポーズ……みたいなものでしょう? 一緒に暮らしませんか? なんて、俺にしてみたら大ごとだし、敦之さんにしてみたって大ごと。
そうでしょう?
それなのにこんな小さなワンルームマンションのベッドの上でしてしまった。
ほら、もっとロマンチックな場所もセリフもあったはずなのに。
いつもそうだ。
貴方がとても大好きで、それを告げたのは抱き合おうとしていたホテルの部屋でだった。夜景も見ずに。貴方みたいにロマンチックな人を相手に何をしているんだろうと思ってしまう。こういうところまで平凡だなって呆れてしまう。
「……困ったな」
「?」
敦之さんがキスをしてくれた唇で重たい溜め息混じりにそう呟いて、俺の額に額をコツンと当てた。
「今日はしないつもりだったんだ」
「……」
「君は明日仕事だから。君のベッドは申し訳ないけれど狭いから、ちょうど色々な理由をくっつけることなく抱き合って眠れるし、一緒に眠るだけなんて夜もあっていいと思った」
「……」
「んだが」
とてもとても、困った顔。
「しないつもりで……いたんだけどな」
「……ぁ」
「まさか、君から一緒に暮らしたいと言ってもらえるなんて思ってなかったから」
「あの……」
今度はそっと俺からキスをした。すぐそこにある唇に触れて、啄んで、そして、甘い音をさせた。キスの音。
「俺も、したいです。今日、敦之さんに会えるって思ってなかったから、会えてとっても嬉しいし。それに一緒に暮らしたいって言えたから、それも嬉しいし。だから、したいです」
三つ目のキスは、深くて、甘かった。
「呆れないか?」
「? どうしてです? そんな、敦之さんに呆れるなんてこと」
あるわけがない。呆れるとしたら、呆れられるとしたら俺の方だと思うのに。
「君の明日の予定を知っているのに、大事な人だと言いながら、我慢できないんだぞ?」
「……」
「一晩くらい我慢できないのか? と、呆れる。こんな男と一緒に住むんだぞ? 呆れられて断らせそうだ」
「っぷ」
思わず笑ってしまった。そして、そんな俺に敦之さんが不思議そうに、心配混じりにこっちを覗き込んだ。
「明日仕事なんです」
「あぁ」
「午前中は顧客が会社に来るので、その打ち合わせ前に製造部の方々とミーティングもあって。午後は外回りがあるんです。新規でお話を二ついただいてるので、そのお話で。少し離れたところにある二社なので移動はちょっと大変なんですけど。タクシー使えるから。だから、結構忙しい一日なんです」
「……」
それならやめておいた方が良さそうでしょう? この予定は少し前に敦之さんに訊かれて答えた時よりも一つ、午後回る会社が増えてるし。
「でも……敦之さん」
「……」
「あっ」
優しくて大きな手を掴んで、触れてもらった。熱っぽく硬さを増したそれに。
「俺も、我慢できなさそうです」
もっと触って欲しくて敦之さんごと引き寄せると、苦笑いを零しながら、優しく、でも強く、俺を小さなベッドの上に押し倒してくれた。
「ん……あっ」
プロポーズ、かな。一緒に暮らそうって、さ。でも、そのまま俺はずっとずっと一緒に暮らしたいって思ってるから、もうここから先別々の場所で暮らす予定はいらないから、プロポーズみたいなものなんだけど。それなのに平凡なセリフになってしまった。
もちろん、抱いて欲しいと誘うのさえ、平凡にしか言えなくて。けれど――。
「あっン」
けれど、貴方はそんな言葉にとても嬉しそうに顔を綻ばせてくれるから、いいや、って思うんだ。
「あン……っ」
首筋にキスマークをつけてもらった。
「明日の仕事で見えてしまうような場所には付けないから」
「ン」
捲り上げられた家着の上。いつも細いと心配されてしまう腹のところを甘噛みされて、際どい刺激に息が乱れる。
「くぅ……ン」
どっちへ愛撫をされてもとろける。お腹を愛でてくれるその唇が上に来ても、下に来ても。
「はぁっ……」
口づけは乳首にもらえた。
「あっ」
吸いつかれて甘い刺激に背中が仰反る。
「ダメっ、あっ」
歯でカリカリされると堪らない。その痛みを感じそうなギリギリの危うい刺激にお腹の奥が熱くなっていく。
もう片方をあの優しい指先にきつく抓ってもらえて、艶かしい声が自然と溢れた。やらしくて、とろけた声。自分の声じゃないみたいな。
「あぁ、それっダメ」
両方をいじられて。
「イッちゃう」
合間合間に肌にはキスマークが増えていく。その都度、俺は嬉しそうに声をあげてる。
キスマークは好きなんだ。
貴方のものだって印が付くのはたまらなく好き。もっと欲しくて、もっと印をそこらじゅうにつけてもらいたくて、身体を自然と広げた。
「あぁっ」
心地良さそうな溜め息が溢れてしまったのは、開いた身体で敦之さんの指を迎えたから。くちゅりと音を立てながら、長い指に中を撫でてもらえたから。
「もっと……」
自然とそうねだる言葉を口にしたら、気持ちよさそうにとろりとした液を零していたそれにも口づけをもらえて、お腹の底が、敦之さんを欲しそうにぎゅうって切なげに締め付けていた。
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