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媚薬編 11 激しい夜、優しい朝

「ど……し……」  うっすらと……覚えてる。  昨日、生花教室があって、そこで傘を貸した人と遭遇して、それでその人に何かを飲まされて、トイレで、その、えっと、おそ、おそおそ、襲われそうに……なっ……た。  媚薬って言っていた。  それを飲んだ前後辺りからの記憶があんまりない。  でも、すごく怖かったのは覚えてる。それから身体がとにかく熱くて。あとは。  ――拓馬!  敦之さんが助けに来てくれたこと。それと――。 (ぎゃああああああ)  思わず布団の中に頭からすっぽりと潜り込んで、心の中でだけど、でもものすごく大きな声で叫んでた。  俺、たぶん、雪隆さんが運転してくれている車の中で、その……。  ――ン……気持ちぃ。  そ、そそそ、それにうちに辿り着いてから、も。  ――あ、らめ……なの……敦之、さんっ。  俺、たぶん、俺、その。 「し……お……」 「塩?」 「!」  布団の中で心停止して死んじゃうところだった。 「おはよう、拓馬」 「……ぁ……おはよう、ござい、ます」  ちらりと布団から顔を出すと敦之さんが笑って俺の、ボサボサなんだろう頭を撫でてくれた。 「あの……」 「身体痛くない? 昨日の今日だ。ゆっくり休んでていい。何か飲む? 喉渇いただろ」 「……ぁ」 「水、置いておいたけど、今、冷たいのを持ってくるよ」  そう言って、撫でてくれた俺の頭にキスをして部屋を出ていってしまった。淡いグレーのゆったりとしたルームウエア姿の敦之さんは仕事の時のスーツ姿と違って、隙がある。それに今でもドキドキしてしまうのだけれど。今日はなんか、昨日の敦之さんとの違いもあって、そのドキドキが心臓に悪すぎるくらいで。  だって、昨日の敦之さん。  ――拓馬っ。  イってる俺を待たずに責め立てて、中に注がれたのが零れるくらい俺のこと捕まえたまま離さなかった。すごく、激しくて。食べられちゃいそうで。 「水、持ってきたよ」  ペットボトルの蓋を開けて俺に渡してくれるような紳士な人なんだ。 「催淫剤、媚薬はペットボトルに入っていたらしい。きっと君の隙をついて薬を入れたんだろう。でも、もう男のほうは逮捕されてるから」 「……ぁ」  あの時、かな。靴を褒められて、俺はその時その人が指さした靴のほうに視線を向けたから、たぶん、その時だ。 「雪隆が気が付いてくれた」 「雪隆さんが?」 「あぁ、おかげで助かった」  敦之さんはホッと安堵の溜め息をついて、微笑みながら俺の頬を優しく撫でてくれる。 「ごめんなさい。心配させて」 「君は何も悪くない。傘を渡してあげたんだろう? 優しさに付け込んだんだ。拓馬は何も悪くないよ。それに、俺のほうこそ、昨日はすまないことをした」 「……ぇ?」  敦之さんは何も悪くないのに。なんで。 「つい、乱れる君に加減できなかった」 「!」 「怖くなかった?」 「ま、まさかっ、敦之さんのこと怖いなんて思ったことないですっ」 「そう? 襲われかかってた君に、襲い掛かった」 「そ、っれは」 「手首、赤くなってる」 「!」  撫でられて、気が付いた。たしかに赤くなってる。手首のところ。  ――あ、あ、あ、また、出ちゃう。あ、や、奥、されたらっ、出ちゃう!  感度、振り切れてたから止まらなかったんだ。それで、おかしくなっちゃいそうで、でも、敦之さんの手が逃がさないって俺を捕まえて、離してくれなくて。  すごく激しかった。  すごく荒々しくて。  しがみついてないとどうにかなっちゃいそうで。 「すまない……」  その手首を敦之さんがそっと掴んで指先で優しく撫でてくれる。羽毛が触れるような心地よい触り方が、すごくくすぐったくて気持ちいい。 「へ、き……です」  貴方なら優しいのも。激しいのも。 「昨日の敦之さん、ドキドキしました」  すごく気持ちいい。 「だから、謝らないでください」  手首を大切そうに撫でてくれる指をきゅっと掴んで、指先を絡めていく。 「……嫌いにならない?」 「な、なりませんよ! なるわけないじゃないですかっ。その激しい敦之さんも、その……あの」 「うん」  ぅ、嬉しそうな顔されると、もう、さ、どんな恥ずかしいことだって言えちゃうんだ。 「好きです」  すごくすごく好きで、毎日、毎朝、毎晩どんどん好きが増すばかりなのに、そんなの、いつも雪隆さんたちに呆れられちゃうくらいなのに、それでもこうして言葉にすると、その度にたまらなく嬉しそうにしてくれる。 「そ、それより、俺のほうが昨日、その、なんか、はしたなくて、嫌われやしないかって」 「とんでもない」  ほら、嬉しそうにくすくす笑って、宝物のように触れてくれる。ただの、どこにでもいそうな俺なんかに。 「昨日の淫らでやらしくて可愛い君は最高だったよ」 「! は、恥ずかしいですっあんな、俺」 「そう?」  意識が朦朧としていたのは途中の、その洗面所でしてもらったあたりまで、なんだ。だから、そのそれ以降の俺は意識はけっこうちゃんとしてて、その、えっと。 「昨夜の乱れた君がもう一回抱けるなら、ベストでもジャケットでもなんでもびしょ濡れにするのに」 「!」 「もちろん、いつもの柔らかくやらしい君も大歓迎だよ」 「! そ、それじゃあ、俺どっちにしてもやらしいじゃないですか!」 「そうかもしれない」  なんてことだ。新発見だ。みたいに驚いた顔をわざとして、敦之さんはパクパクと鯉みたいに口を開く俺にキスをした。俺の視界はぐらりと揺れて。 「たしかめないと」 「え? ちょ、あのっ」  不適に笑ってる。 「ね? 拓馬」  優しい敦之さんも。激しい敦之さんも。 「あ、あ、あの……あの」  絶倫な敦之さんも全部、全部……。 「ん、ぁ……ン、敦之、さんっ」 「朝食は後にしてもいいかな」  好きです。そうキスの隙間に伝えたら、きっとこの清々しい日差しの中でも身体が指先まで蕩けてしまうくらい、魅力的に微笑んでくれるだろうから。 「……敦之さん」  愛しい名前を呼びながら、そっと耳元に唇を寄せられるようにしがみついて引き寄せた。 「はい……もちろん」  そう答えて、目を閉じた。

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