124 / 134
浴衣旅行編 13 素敵な旅行
ずっとひとりだったからかな。
ずっと、自分だけだったから、かな。
「そろそろ行こうか」
「……はい」
彼のもの、貴方のもの、誰かの……って、してもらえるのがたまらなく気持ち良くて、幸せって思う。
ずっと貴方のことを独り占めしたくてたまらなくて、この旅行の間だけでもそれが叶うって嬉しくて仕方なかったのに。
「はぁ、終わってしまった」
この三日間が、貴方に独り占めしてもらえた三日間になってた。
「フフ」
「……なんだか拓馬が楽しそうだ」
「えぇ? ……だって」
貴方にもっと独り占めしていたいと思ってもらえるなんて、嬉しくてたまらないでしょう?
そんなこと思わなくても、俺は貴方のものなのに。この身体も気持ちも指先まで、髪の先端まで全部丸ごと。
「俺はこんなに名残り惜しいのに」
全部、貴方のものなのに。
「敦之さん」
「?」
三日間、貴方に閉じ込めてもらえた綺麗な中庭付きの部屋を出て、白い石畳を歩きながら、たくさん触れてくれたその手に自分から手を繋いだ。
たくさん、俺のこと、身体の隅々まで可愛がってくれた、その綺麗な指を絡め取って、引き寄せる。
「帰ったら……」
「……」
その耳にそっとキスをして。
帰ったらもっと可愛がって欲しいです。
そう耳元で囁いた。
貴方のもの――な俺だから。
「拓馬」
「はい」
「あまり」
「?」
「可愛くならないように」
「えぇ?」
貴方が欲しがるだけ、なんでもあげる。なんでもしてあげる。他なんて知らないけれど、俺は。
「可愛くないです」
「どうしてそう自覚がないんだ。本当にさらわれる」
「っぷ、あははは」
俺は、貴方を喜ばせるのだけは、きっと上手にできるから。
「他にさらわれそうなくらいになれたらいいなって思ってますけど」
「! ちょ! 拓馬!」
とてもとても綺麗なこの人は、たくさんの人を虜にするけれど。
「拓……」
突然、キスをされて目を真ん丸にするところも、驚いて、慌てた顔も、俺だけが知っていて、独り占めできるっていう、何よりもすごい贅沢に浸れるから、ちょっと帰るのも楽しみになってきたんだ。
「敦之さん、お土産たくさん買っていきましょう」
たくさん買いたい。雪隆さんに、成田さん、上条家の花流にいる人全員分に、それから俺の会社の人と、立花君。
「成田さんには、俺、行きに美味しそうなワイン見つけたのでそれをって思うんです」
それを配って、言いふらすんだ。
「早く、行きましょう」
三日間も敦之さんを独り占めしていたって、早く皆に言いふらしたい。
「うわぁ、いいんすか? こんなすごいお土産もらっちゃって」
「どうぞどうぞ。有給もらっちゃったから」
前までならありえないことというか、その後にデスクに山のように積まれるだろう仕事のことを考えると怖くて、できなかったけど。
有給とって旅行なんて。
お土産なんて配れないし。
仕事休んで遊んでたって、影になってない陰口言われかねないから。
「いいなぁ。やっぱすごいとこだったんすか?」
「あー、まぁ」
「そうっすよねー。相手、あのセレブっすもん」
ほとんど部屋にいた。旅行じゃなくてもいいくらい、観光らしい観光はしないで、部屋で互いにばかり夢中になっていた。
「忙しそうだから、リフレッシュ休暇ってやつですかね」
リフレッシュには、なったのかな。雪隆さんからは助かりますって、珍しくニコニコ顔のスタンプ付きでメッセージが届いてた。
旅行後からずっと上機嫌で、仕事の腕もまた上がったって。一段と素晴らしい花を生けてくれるからと先方から絶賛されてるって教えてもらった。
だから、また、旅行でもなんでも、かまってあげてくださいって。
それから、その間は雪隆さんも休暇をとったみたいで、お土産交換会しようって言ってたっけ。その時、面白い話を教えてくれるって。
「うわぁ、ごちそうさまです」
「! お、俺、なんもっ」
敦之さんの、面白い話って言ってた。
なんだろ。
「いやいや、そのはにかみ笑顔見たら、お腹いっぱいっす」
「!」
敦之さんのことならなんでも知りたい。なんでも聞きたい。だから、つい、「はい! ぜひ! 宜しくお願いします!」なんて返事しちゃったくらい。
でも、旅行でもなんでも、かまってもらうのは俺のほう。
「さ、俺は仕事すっかなぁ。小野池さんはこれから外出っすか?」
「あ、うん、外回り」
「大変っすね。もう秋だけどまだ全然暑いから、スーツ」
「あ……あは、はは、う、うん、そうだね」
「お疲れーっす」
行ってきますってお辞儀をして、外に出ると九月終わりには思えない暑さだった。
「さてと……」
でも、スーツだから逆によかった、かな。
「今日、敦之さん何時に終わるんだっけ」
作業服やラフなカジュアル服だったら、ちょっと、ね。
「あ。やった。あんまり遅くなさそう。そしたら、晩御飯一緒に作れるかなぁ。何にしようかな」
キスマークをたくさんつけてもらったから。俺は、彼のものですっていう印。だからスーツでちょうどよかったんだ。
――今日は肉じゃが食べたいから、材料買って帰るよ。美味しそうな和牛があった。
「わ……ぎゅうって……俺、贅沢しすぎて、そのうちなんか叱られそうなんだけど……」
そう呟いてから、秋とは思えない青空を見上げた。
「太らないようにたくさん歩こうっと」
貴方も見上げているかもしれない青空の下、夜にまた可愛がってもらうために、あの人を独り占めするために、、仕事を早く終えられるようにと、履き慣れた靴で駆け出した。
ともだちにシェアしよう!