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花の王子が行く編 2  君の美味しいは可愛い

 素敵なお店だった。  なにより、敦之さんの生けたお花がお店の入口に飾られてるんだ。  素敵じゃないわけがないよ。  それにわかさぎのトマトの、美味しかったし。飾り付けられてたお花も綺麗だったし。  メインディッシュにもお花が添えられてた。一緒に召し上がってみてくださいと言ってもらったから、一緒に食べると花独特の風味がお肉にかかってたソースにすごく合っててとっても美味しかった。赤色のソースは…………ちょっと何味って説明できないけれど。  とにかく美味しい味で。 「メインディッシュの和牛、美味しかった?」 「はいっ。とってもっ」  あと、デザートのケーキにも花が添えられていて、まるで。 「花がいっぱいで花束食べたみたいです!」 「それはすごいな」  ニッコリ微笑まれて、本当の本当にそう思っているって、少しだけ、周りの人の迷惑にならない程度に、けれど大きな声で主張した。ちょっと大きな声でも、きっと大都会じゃ、酔っぱらいサラリーマンが楽しそうにしてるって思われる程度、だよ。  うん。  すごく楽しいよ。  もちろん、敦之さんはサラリーマンになんて見えない素敵な人だから、そうだな。酔っ払いサラリーマンの部下を介抱している社長、かな。 「拓馬に喜んでもらえたなら、よかった」 「わかさぎのもすっごく」 「あぁ、確かに美味しかったね」 「俺、ワカサギって唐揚げくらいしか知らないから。あんなオシャレな一品になるんだって驚きました」 「あれも唐揚げだろう?」  そう言って敦之さんが穏やかに笑ったら、もう夜なのに、それでもまだ暑さの残る夏の陽気すら、彼の虜になったのか。涼んでくださいと言ってるみたいに一生懸命に風を送っている。 「そうだけど、もっと、こう……」 「わかさぎの唐揚げ、好物?」 「あ、いえ、そういう訳じゃなくて。あぁいう小さな魚、よく子どもの頃は釣って食べたんです」 「釣って? それはすごい」  そこで、敦之さんが目を丸くした。 「あっ、いや、全然っ、釣りって言っても町内会のっ、ですっ」 「町内会……」 「あっ」  きっと敦之さんは町内会がわからないよ。セレブだもの。実家はとても由緒正しき家柄で、超エリートなんだから。 「町内会って言って、地域ごとに親とか大人が役員とかして、地域の子ども達にイベント開いてあげるんです。クリスマス会とか」 「クリスマス会、楽しそうだ」 「あはは。楽しいですよ。ほら、家だとできない、大勢でやるようなゲームしたりして」  きっと敦之さんの子どもの頃のクリスマス会は大きな、それは見事なクリスマスツリーとか飾って、暖炉なんかもありそう。 「あ! あとお正月には餅つきしたり」 「いいね。つきたてのお餅は美味しいから」 「ですよね!」  その特別な美味しさを共感してもらえたことが嬉しくてぴょんって跳ねたら、敦之さんが優しく笑ってくれる。 「町内会か、とても素敵だ」  その町内会では他にも色々イベントもあった。イベントだけじゃなくて町内清掃やリサイクル品の回収とか。 「それで夏に川釣り参加したことがあって」 「……」 「そこで採った魚を持ち帰って、母に唐揚げにしてもらって食べたんです」 「美味しそうだ」 「美味しいです。自分で釣ったからなのかなぁ。特別美味しくて。でも、釣ったのを食べるんで、本当ちょっとだけで」 「大漁じゃなかった?」 「家族で一尾ずつみたいな。でも美味しかったです」 「じゃあ、今日は三尾食べられたね」 「えぇ? 比べられない高級品でしたよ」  子どもがイベントで釣った魚を唐揚げにしてもらったのと、星たくさんの超高級レストランのコックさんが作ってくれたフリットっていう唐揚げを比べたら申し訳ないよ。 「あんな美味しいの初めてです」 「気に入ってもらえてよかった。拓馬のお祝いだからね」 「とっても美味しかったです……」  楽しかったし。  美味しかったし。 「……」 「拓馬?」  もう少し慣れていたらなぁって思う。美味しい、しか言葉がなくて。残念なほど、不慣れだから。 「感想が美味しいだけで、なんだかなぁと思って」  ほら、だって、よくテレビだととても巧みに表現するでしょう? それは敦之さんも同じで。レストランの人にとても素敵な感想を伝えていた。料理長の人、とても嬉しそうに笑ってた。けれどほ俺は美味しいくらいしか表現ができなくて。 「充分だよ」 「でも」 「拓馬の美味しいはとても可愛くて、素敵だから」 「!」 「料理長も嬉しそうにしていた」  それは、きっと敦之さんがたくさん上手に褒めてくれたからだと思うけれど。 「拓馬」 「? はい」 「手を繋いで帰ろうか」 「え、えぇ?」 「おいで」  そう言って、敦之さんがまるでお姫様の手でもとるように、優しく、丁寧に俺の手をとってくれた。そして、紳士的に手を繋いでくれる。 「敦之さん」 「ん?」 「あの……」  僕は不慣れで、拙くて、美味しいを巧みな言葉で伝えることもできないけれど。 「今日は、その、お祝いしてくれてありがとうございます」  いつだって思ってる。ただの庶民で、ただのサラリーマンで、ただの酔っ払いだけれど。 「俺、仕事、とか頑張ります」  貴方にふさわしい男になりたいんだ。 「本当に、ありがとうございます」  いつだって貴方の隣にいても笑われないように、たくさん頑張りたいんだ。

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