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花の王子が行く編 6 王子様はライフジャケットさえ颯爽と

 釣り竿は買わないようにって言ってたけど。 「はーい! それでは! 日差しがまだまだ、まだまだ厳しいですのでー!」  張り切って高価な釣り竿なんて持っていったら浮きます、って雪隆さん、言ってたけど。 「しっかり帽子被ってくださーい!」  もうすでにこの場所にいるだけで。 「おっ、そこのカッコイイお兄さん! いーですね!」  浮いてます。 「はい。ありがとうございます」  ほら、とっても浮いてます。  だから司会の人にもすぐに声かけられちゃいました。とりあえず身分隠してるわけじゃないけれど、でもなんとなく、華道の最高峰の人がここにいるって違和感すごいなぁと。  強い日差しにグングンと育った雑草がすごい勢いであちこちに生えているような、華道の人にしてみたらきっと正したくなるようなことがたくさんの、草ボーボー河原に王子様がいる。  そんなの浮かないわけがない。  本来はこんな雑草じゃなくて、端正に育てられた花や葉に囲われたところにいる人なんだから。でも――。 「釣り体験は初めてですか?」 「はい。今回が初めてです。隣の彼は幼少期になんどか」 「なるほどなるほどぉ」  でも、とても嬉しそうにしてる。暑いのに、汗すら爽やかに見える、爽やかな笑顔で。  今日の釣り体験の司会の人は中年の男性だったからか、敦之さんを知らなくて、爽やかにキャップを被るイケメンの人、として気軽に話しかけている。  番号がついたビブスを着用している人はこのイベントの関係者なんだろう。その中には女性もいた。受付にも女性はいたし、中学生までなら未成年も参加可能、小学生なら保護者同伴で参加できるみたいで。その保護者さん、お母さんとかなら敦之さんを知ってる人たくさんいるはずだけれど。 「拓馬、褒められてしまった」  テレビにだって出たことあるし、雑誌の取材なんてほぼ毎週のようにあるのに、町内会の人に質問されたことにとても嬉しそうにしている。  隣にいる俺へ無邪気に笑ってくれる。 「はい! それでは、まず注意事項です! 必ず守ってくださいね! まずは、川に入る時は必ずライフジャケットを着用してください! そして、このライフジャケットっ、はですね。必ず股下から紐を通して、前でカチッと嵌めて」 「股下……なるほど、ここから」  わ。  なんか、すごい。  敦之さんが一生懸命だ。  敦之さんの口から「股下」なんて単語が出ることに少し感動してる。 「お」  わぁ、今度は驚いてる。 「うん」  頷いてる。 「どう? 拓馬」 「……っぷ、ふふふ」 「?」  今度は首を傾げてる。まぁ、それは俺が急に笑ったりしたから、なんだろうって思ったんだろうけど。笑っちゃう、でしょう? 「いえ、はい。バッチリです」 「ありがとう」  だって、ライフジャケットに目を輝かせてる。  なんてことのない河原。白い砂浜に澄んだ海の青色が広がるプライベートビーチでもなくて、見事に手入れをされたグリーンガーデンでもなくて。ただの河原。草ボーボーの、岩ごろごろ、石もごろごろ。素敵なパラソルはなくて、荷物置きにどうぞって、町内会のイベントでよく見かけるテントが三つ並んでるだけ。  なのに、プライベートやグリーンガーデン、素敵なパラソルの下がお似合いのはずの人が、本当に無邪気に笑ってライフジャケットを身につけて、ちょっと自慢気な表情をしてる。それが愛おしい。 「はーい! それではライフジャケットの方はバッチリ、でしょうか。安全第一です。もしも、もちろん何もないように講師陣がしっかり指導しますが、もしも万が一の時は、そのライフジャケットがライフを守りますので! しっかり正しく身につけましょう!」  司会の人の言葉にしっかり頷いてる。  ね、とてもすごい人なのに。  俺もパーティーとか、参加させてもらうけれど、本当にすごい人で。たくさんの俺も見たことのあるような有名人とか、政治の人とかさえ、敦之さんは知り合いなのに。 「あの、敦之さん」 「?」 「たくさん釣りましょうね」  この人はそんなの自慢しないんだ。いつだって、真っ直ぐ接してくれる。 「今日の夕食はご馳走だ」 「はい」  高級スーツを華麗に着こなす人なのに。 「あ、あの、敦之さん」 「?」 「楽しいです」  今日はライフジャケットに、スニーカー。川の中は流れが速いから、サンダルなんてもってのほか。スニーカーのまま川に入っていくんだ。だから素足で、濡れてもいい軽装で。  きっとこの姿の敦之さんを見たらみんな驚くんじゃないかな。  昨日はイタリア製のフルオーダーメイドのスーツにゼロが一つ多いだろう、サラリーマンの俺には目玉が飛び出ちゃうような高級革靴を履いていた人だもの。 「俺もとても楽しいよ」  そしてきっとみんなもっとファンになっちゃうんだろう。  誰よりも高級な人なのに、どこも着飾ることなく、そのまま素直で無邪気だなんて。魅力的すぎてさ。 「さー! それでは説明は以上になります! 元気にたくさん釣りましょおおおお!」  真夏の日差しのせいだけじゃなく、クラクラしちゃうよ。

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