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花の王子の休息編 3 せっかくのお休みに
「……ン」
身じろぐと少し身体がダルくて、そして、つま先がふわふわしてた。
昨日の、夜の余韻が残ってる。
寝たの遅かったし。
何時くらいに寝たんだっけ。次の日が休みだからって、二人して時間も気にしないで抱き合ってたから。
最近は、ふとした時に時間をちらっと見ちゃうんだ。敦之さん、すごく忙しいから。朝早いからもう寝なくちゃ、とか、今日は、遠くでお仕事だったからもう休ませなくちゃ、とか。
でも、昨日は次の日のこと考えなくてよかったから。
子どもみたいだよね。翌日が休みだから大はしゃぎして夜更かしだなんて。けど、すごく――。
――敦之さんっ、もっとっ。
――拓馬。
楽しくて、幸せだったなぁ。
「……」
あ、敦之さんもうベッド出ちゃったんだ。今、何時ごろだろう。多分、朝の、六時くらいかなぁ。
そんなことをまだ寝ぼけてる頭で考えながら、昨夜遅くに一緒に眠ったはずの隣が空っぽなことを手でシーツを弄って確かめた。
忙しい人なのに。俺よりずっと多忙な人なのに、もっと寝てていいのに。寝坊したって今日は大丈夫でしょう?
昨夜みたいにたっぷり抱いてくれた翌日は、いいです、もっと寝てくださいって言っても、絶対に俺より先に起きちゃうんだ。そして、コーヒーの香りと一緒に、朝食を持ってきてくれる。ベッドの中で朝食にしょうって笑って、寝室の大きな窓をパッと開くんだ。本当に大きな窓だから、カーテンを開けると空がその向こうに大きく広がって、晴天な時は眩しいくらいの朝日がシーツの白に反射する。
俺はこの時間もすごく好き。
敦之さんのプライベートな空間、時間に、俺がいるってすごく感じられるから。
「……?」
けれど、寝室を出てもコーヒーの香りがしない。
おかしいな。ベッドにもいなかったし、今日は仕事じゃないのだから、出かけたりはしてない。キッチンにいるはずなのに。まだ、少し仕事が残ってたのかな。コラムも書いてるから、その原稿とか? かな。
そう思いながら、夏はひんやりとしていて心地良い床を裸足で歩いて、キッチンへと向かった。
「?」
でも、キッチンにはいなくて。
コーヒーも……淹れてなくて。
「敦之さん?」
小さく、そっと名前を呼んでみた。人の気配もちっともしないから、どこか買い物? 朝から? ランニングとかは……雪隆さんに身バレするからって止められてるし。
それなら、一体、どこに――。
「!」
振り返ると大きなソファの背もたれからひょこって頭が出てた。
「敦之さん? 寝るなら、ちゃんとベッドで」
そう声をかけたけれど。
「……ぁ、すまない。ちょっと居眠りをしてた。朝食を」
あの、えと、待って待って。あの。
「敦之さん?」
びっくりした。彼はソファの真ん中で背中を預けるようにして手を組んだまま居眠りしてた。
「今、コーヒー」
「待ってください」
パッと額に手を当てる。
だって、少し様子が変だった。
ほら、頬がやけに赤いし、呼吸だって浅くて、短い。
「! 熱、ありませんか?」
すごく熱い。
パッと触っただけでわかる普通じゃない熱さにこっちが驚いて、慌てて首筋、頬にも手を添える。ほら、やっぱりすごく熱い。
「拓馬の手が冷たくて気持ちいい……」
「違いますっ、敦之さんが熱いんですっ」
「?」
「風邪、ですっ。頭痛いですか? 喉は? えっと」
「……あー、なんてことだ」
そう呟いて、眉間にぎゅっと皺を寄せると、自分の額を大きな手で覆った。
「せっかくの休みなのに」
「何言ってるんですか。休みでよかったです。起き上がれます? ベッドに戻らないと」
「いや、君にコーヒーを」
グッと抱き締めて持ち上げようとしたけれど、さすがにソファにぐったりとしている、俺よりずっと背の高い敦之さんを持ち上げることはできなくて。
「もう、何言ってるんですか。コーヒーなんてこの高熱で淹れてる場合じゃないです。体温計は救急箱ですよね?」
よかった。ちょうど、この間、指をちょっとだけ切っちゃったんだ。本当にちょっとだけ。なのに、敦之さんが大変だ大変だって大騒ぎで、救急箱からガーゼと包帯出して来るから笑っちゃったっけ。だから、救急箱の場所ならその時、見かけた。
「とにかくベッドに」
「いや……大丈夫、一人で」
「いいから、俺に寄りかかって」
ソファから起き上がろうとするけれど、きっと頭が痛いんだと思う。少し身じろいだだけで、険しい顔をしてる。手を差し伸べると、わずかに身体を起こしてくれる。それから、ゆっくり、ふらりと、立ち上がってくれたところで、急いで抱き締めると、しっかりと寄りかかってくれた。
「ありがとう」
「……当たり前です」
触れたところがすごく熱くて、切なくなった。
俺が代わってあげられたらいいのに。すごく辛そうで、いつもの敦之さんじゃないみたいに、足元すらおぼつかない。抱き締めて支えてるだけで、俺も汗ばんでしまいそうなほど、ものすごく熱が高い。
でも――。
「俺、敦之さんのパートナー、なんですから」
ちゃんと寄りかかってくれたのが、すごく。
「こんなの、当たり前です」
嬉しかった。
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