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花の王子の休息編 4 恋人の特権

「三十九度一分……」  コーヒーを、なんて言ってる場合じゃないと大急ぎでベッドへ戻らせて、熱を測ったけれど、もうその数字だけでクラクラしてしまう。  少し体調の変化はあったんだって、いつもよりも低い声で教えてくれた。  周囲に 発熱症状のあるスタッフといなかったし、普段外では気をつけてはいたけれど、油断したかなって、苦笑いをこぼしてた。 「……参った」  そう呟くとたまらなく残念そうに表情を歪めてしまう。 「敦之さんっ?」  はぁ、と溜め息をひとつついて、ベッドから出ようとするから、大慌てで止めた。  まさか、この高熱で起き上がるなんて。 「大丈夫。解熱剤を飲んでおけば良くなる。それより三連休に悪いことをしてしまった。せっかくの休みが台無しだ。この埋め合わせはちゃんとするから、とりあえず、俺はどこかホテルに 」 「ちょっ、ちょちょっダメです!」 「大丈夫だよ。このくらいの熱なら……」 「ダメっ!」  もう。何を言っているんだろうこの人は。 「拓馬に移したら大変だ。俺はホテルで休むから」 「ダメっ」  本当に、もう。 「っですっっ!」 「……」 「はいっ!早く!お布団!」 「いや、だが……」 「早くっ!お布団!ですっ!」 「い、」 「おっ、布団っ!」  ぐいぐいと敦之さんをお布団の中へと押し込めていく。ほら、触れた肩だってこんなに熱い。体温計なんていらないくらいだ。それなのに、こんなに体調悪いのに、俺に移したら大変だからって、ホテルに移動しようとするなんて。 「病院へ」 「いや、それはいいよ。本当に」 「でもっ」 「休めば良くなる。もしも、少し寝て、それでも熱が下がらなかったら、その時は病院へ連れて行ってくれるかな」 「! はいっ」  大きく返事をすると、いい返事だって、笑ってる。  笑ってるけど、いつもと違って、力のない笑い方なのがすごく切なくて胸が締め付けられた。 「じゃあ、とりあえず寝ててくださいね。少しお腹に何か食べ物入れましょう。じゃないと薬も飲めないし。ちょっと待っててくださいね」 「すまない」 「?」  布団をしっかりと掛け直してから、部屋を出ようとしたところで、謝られてしまって、首を傾げた。 「せっかくの休みに。昨日も寝るのが遅くなったのに」 「何言ってるんですか。せっかくの休みなのは敦之さんの方だし。昨日寝るのが遅かったのはお互いに、です! ほら、ちゃんと寝ててくださいね」  そんな気は使わなくていいって笑って、部屋を出た。 「…………わ」  部屋を出て、扉のところに寄りかかりながら思わず声が出た。  だって、なんか。 「…………怒っちゃった」  敦之さんに怒ったことなんて一度だってない。怖くなかったかな。イヤな感じにならなかったかな。  でも、なんか。 「よしっ、看病だ!」  なんか、ああやって怒ったりできるのも、心配できるのも、恋人の特権な気がして、家族、パートナーじゃなきゃできない気がして、ちょっと、不謹慎だけれど、口元が緩んだ。嬉しくてニヤニヤしてしまった。  食欲はない、よね。  あ、氷嚢みたいなのいるかな。冷却シートの方が寝返り打っても落っこちないからいっか。それ買いに薬局にも行かないと。  スポーツドリンク買っておこう。水分補給しないと。  あぁ、食欲ないからって何も食べないんじゃダメなんだってば。  りんごかな。オレンジとか、ビタミンC摂れるけど、ちょっと具合の悪い時に俺はあまり食べたくないかも。あとは……果物では……あ! 梨もいいよね。  それから、うどん、とか? あぁ! じゃあ、ネギ! あったっけ。冷蔵庫に。でも、たくさんあって困ることないし。うん。それから、うどんでしょ? 「……あとは」  近くに二十四時間営業のスーパーがあってよかった。 「ない、かな」  買い忘れは、なし。うん。大丈夫。  大急ぎでカゴを持ってレジへと向かった。朝の六時頃、スーパーマーケットに俺以外のお客さんの姿はない。この時間に買い物するのなんて俺も初めてだから、みんなもこの時間に買い物なんてしないだろう。  レジを終えて、お店を出ると幾分か和らいだ暑さに、ほっとしつつ次の目的地、薬局へと向かった。 「少し冷たいですよ」  行った薬局は食料品も売ってる大きなお店で、りんごも、ゼリーも、それからうどんに野菜もあって、もちろんネギも売られていて、こっちに先に来ておけば、一箇所で買い物が済んだのにって、少し悔やまれた。  その食料品のところに冷蔵ゾーンがあって、その端に冷却シートが並んでた。食料品の隣に食べ物じゃない冷却シートが並んでいるのは不思議だったけれど、冷えているのをすぐに使えるのがとてもありがたかった。 「……大丈夫ですか?」  急に冷たいものが額に触れたからか、一瞬、眉をぴくりと動かしたけれど、貼り終えると冷たさが心地いいのか、ほっとため息をついてくれる。 「横になったからか、少し楽になったって感じの顔」 「……そう?」  けれど、まだまだ全然体調は悪そう。頬だってまだこんなに熱いし。 「……楽になったのは、拓馬がいるからかな」 「俺?」  あぁ、と小さく力のない声が呟く。 「待っててくださいね。りんご剥いてきます」  なんでもしてあげたい。  貴方が早く良くなるように。  少しでも熱が下がりますように。  そんな願いを込めて、まだまだ熱くてしんどいだろうおでこにキスをした。

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