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花の王子の休息編 5 この幸せの名前

 とにかく布団の中に敦之さんを押し込めて、昼間はりんごを剥いてあげたんだ。剥いたことなくて、ずいぶん、カクカクしたりんごになっちゃったけど、美味しいと、りんご一個分食べてくれたから、嬉しかった。  それから洗濯して、敦之さんの汗を拭ったり、冷却シートを替えたり。熱の割にはしっかりしてて、一人で汗で濡れた服を着替えようとするから慌てて駆けつけた。  手伝いたくて。  身体をこまめに拭くのも。  りんごを剥くのだって、水を飲ませてあげるのだって。  手伝えるのが嬉しくて。 「……拓馬」 「はいっ」  名前を呼ばれると、ぴょん、って気持ちが跳ね上がる。  貴方の手伝いを次は何ができるのだろうって。  だから、用事がない時は寝室の隅でのんびり過ごしてた。  そして今も、呼ばれて、ぴょんって跳ねながら、敦之さんの元へと駆けつけて、そっと額に手で触れる。まだ、やっぱりすごく熱い。熱は変わらず、だ。でも、呼吸は朝みたいに浅く苦しそうじゃない。 「お水、飲みますか?」 「いや、大丈夫だよ。それより、ここで病人のそばにいても退屈だろう? 何か必要なものがあったら、呼ぶから、リビングにでもいればいいのに」 「大丈夫です!」 「ありがとう」  くしゃっと、いつもの笑顔に近い感じに笑ってくれた。 「本当に大丈夫だよ。朝に比べたらずっと楽だ」  確かに朝よりもずっと表情はしっかりしているけど、でも、それじゃあ、朝は本当にどん底に体調が悪かったってことになる。それなのに俺のためにコーヒーを淹れてあげようって、辛いのに起きてくれたんだと思うと、胸が切なくなる。 「俺のことは気にしないでください」 「せっかくの休みなのに?」 「せっかくの休みだからです」  だって、貴方と二人で過ごしてるでしょう? そう言って笑った。 「何か食べましょうか? ちょっと早いけど、もう夕方だし」  今の時間は六時になる少し前。普段だったらまだ夕飯の時間ではないけれど、でも、早めに食べれば早く休めるってことだから。 「うどん、買ってきたんです。作りますね。ネギたっぷり入れて」 「……あぁ」  そして寝室を出て、キッチンへと向かいながら、ちょっと気合を入れた。食欲がなくても食べられちゃう、とびきり美味しいのを作らないとって。  作りながら、ふと思ったんだ。普通、風邪の時って、お粥だよね? って。もしくはおじや。 「あの、作っておいて、今更なんですけど……うどんで大丈夫でした?」 「?」 「あ、いや、あの、お粥とかの方が良かったかなぁって」  俺が好きじゃないんだ。お粥とかおじやって。それだったらうどんの方が断然好みで。だからついよく考えずにうどん買ってきちゃった。 「ありがとう」 「! とんでもないですっ」 「美味しそうだ」 「! ぜひっ食べてくださいっ、いっぱい」  辛いはずの人に気を使わせてしまった。ベッドの上にトレイを乗せて、うどんを小さなお皿に小分けにしてあげた。大きなお皿のままじゃ食べにくいだろうから。  少しだけ冷ましてから、そっと手渡す。  美味しいかな。  体調悪い時は何食べてもそんなに味しなそうだけど、でも、味は濃くしないで、出汁でしっかり風味づけをって心がけた。 「……どう、ですか?」 「……うん。とても美味しい」 「! よかった! たくさん食べてください。って、俺も、持ってきちゃいますね」 「あぁ」  いそいそと今度は自分の分のうどんを持ってきて、ベッドの脇に座ると一緒に食べ始める。うん。まぁ、なかなかの味なんじゃないかな。出汁からちゃんと取ったから。風味がすごくいい。この前、敦之さんにデートで連れて言ってもらった、料亭で出たうどんに比べたら、それは劣るけど、でも――。 「すごく美味しい」 「!」 「ありがとう」  たまらなく嬉しかった。 「休みなのに家事ばかりさせてる」 「全然、気にしないでください。もっと食べますか?」 「あぁ、おかわりいただこうかな」 「ぜひぜひ」  ふふふって嬉しくなりながら、またうどんをよそって、少しだけ冷ましてから手渡した。 「拓馬のうちでは、風邪を引くと、うどんが?」 「あー、はい。敦之さんはやっぱりお粥とかですよね」 「そうだね。お粥、かな」  勝手なイメージだけれど、上品にお椀に盛られたお粥に、真っ赤な梅干しの果肉が乗せてあって。あの、パッケージになりそうな配膳を思い浮かべた。 「でも、うどん、とても美味しいから。また食べたい。今度は元気な時に」 「! はいっ」  いくらでも。  そう答えて、本当に美味しかったみたいで、あっという間に綺麗になった丼を受け取った。 「拓馬」 「?」  食器を片付けたら、市販のだけれどお薬を敦之さんに飲んでもらって、身体を拭いて。あ、着替えもしなくちゃ。汗、かくだろうし。まだ熱は高いから夜の間、寝苦しくならないようにおでこに冷却シートを貼ってもらおうかな。あと、喉が渇いた時ように水を――。  慌ただしく、このあと、何をしてあげようかなって考えていたところで呼ばれて振り返った。  水いるかな。  食べてる間起きてたから、少し横になりたいのかな?  そう思いながら振り返った。 「一緒に食べてくれてありがとう」  敦之さんの看病なら俺に任せてくださいって思いながら。 「世界一、美味しいうどんだった」  これはなんていう気持ちなのだろう。愛しい? 恋しい? なんていう名前がつく気持ちなのだろう。 「また、作りますね」  なんともピッタリと合う言葉が見つからない、不思議な気持ちだった。嬉しくて、大事にしたいって思って、今、敦之さんはとても大変なのに、なんて幸せなのだろうって思った。  この人の看病ができて、幸福だって、感じた。

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