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花の王子の休息編 6 復活

「……ん」  小さな物音がした気がして、ふわふわと意識が上っていく感じ。 「……?」  えっと。  ……ぁ、そうだ。今日は連休二日目で、そうそう、敦之さんが熱を出しちゃって、看病してたんだ。夕食におうどんを一緒に食べて、美味しいって褒めてもらえて、お薬を飲んでもらってから、身体を拭いて着替えを手伝った。ベッドは一つしかないから、一緒に寝かせてもらっちゃった。移るかもしれないから寝る時くらいはホテルに移動すると、また敦之さんが心配し出したけど、半ば強引に布団に潜り込んだんだ。大丈夫。移らないし、移るならもうとっくに移ってますって言って。  そのまま一緒に――。 「……」  あ、ほら、また物音  リビング、キッチン、そっちの方から音が。 「?」  それに隣で寝ていたはずの敦之さんがまたいない。手探りでシーツの中を確かめたけれど、いるはずの場所に彼がいない。  起き上がるとまた、カチャンって、物音がする。 「!」  俺も慌てて起き上がると、そのまま裸足でヒタヒタと足音をさせながらキッチンへと向かった。 「やぁ、おはよう」 「! 敦之さんっ」 「もうすっかり良くなった。熱も下がったよ」 「え、でも、まだ」 「平熱。拓馬もコーヒー、飲む?」 「あのっ」  いつもどおりの敦之さんがおおらかに微笑んで、キッチンカウンターのところに立っていた。 「拓馬が看病してくれたおかげだ」 「!」 「ほら……」  そう言って、自分から敦之さんがセットしていない髪をかき上げ、触ってみるといいって、おでこを出してくれた。  たしかに顔色も普段と変わりないし、声も穏やかで。それに――。 「シャワーも浴びたんですか?」 「あぁ、汗、たくさんかいたから」  ボディソープのいい匂いがする。  昨日の辛そうにしていたのが嘘みたいに、いつも通り、爽やかで紳士で完璧って感じの敦之さんだ。弱点も欠点も一つもない、凛とした大輪の花のように清々しい。 「もうすっかり元気だ」  でも、まだ、本調子じゃないでしょう? すごく高い熱だった。あんなの一日で治るわけないし、熱は下がったとしても、ぶり返すかもしれない。朝は下がってても夜には上がってしまうことはよくあるって聞いたことがあるし。けれど、本当に多忙な人だから、たくさんの仕事を抱えていて、テレビ出演だって、取材だって、コラムだってあって、上条家の当主としてやらないといけないことがたくさんあるから、休んでばかりもいられない、のもわかるし。  俺が、雪隆さんみたいに有能だったら、もっとずっと楽に――。 「拓馬」 「?」 「朝食終わったら、一緒に映画でも観ようか」 「! あの、でも」 「メールは大丈夫。それよりも今は」  無理、しないで欲しいんだ。熱は下がったけど、その熱だって、もしかしたら疲労から来てるのかもしれない。疲れが溜まっていて免疫力が低下したせいかもしれない。 「拓馬とゆっくり過ごしたい」 「……」 「ダメ?」 「そんなっ、もちろんです!」  何もできないけど、そばにいることくらいしか、着替えを手伝うくらいしかできないけど。でも、貴方のために何かしたいんだ。熱も疲れも吹き飛ばせるのなら、きっと俺はなんだってできちゃう気がするんだ。  朝食は軽めのものにした。  スープとデザート。それから映画を一本、見た。昨日の朝、とても辛そうに、沈むように敦之さんが眠っていたソファに二人でゆったりと身体を預けて。  お昼はおうどんをまたリクエストしてもらえたから、一緒に作って食べたんだ。キッチンでゆっくり会話を楽しみにながら。  昨日は、話していると、たまに頭痛がするのか、ぎゅっと眉をしかめたりしていたけど、今日はそんなこともなくて、ずっと穏やかだった。  午後はそのまま、まだ万全じゃないでしょう? って言って、二人で昼寝をした。ちょっとだけ横になるつもりだったのに、二人とも本当に数時間寝てしまってた。やっぱり疲れが溜まってたんじゃないかな。昼寝を終えて目覚めた敦之さんは今日の朝よりももっと表情がはつらつとしていたから。 「せっかくの休みだったのに」 「もぉ、またそれを言う。俺、全然、そんなこと思ってないですよ」 「と、思ったんだけど」 「?」  夕食は、お腹が空いたって敦之さんが言ってくれて、チキンのソテーにした。しっかり晩御飯。お腹がちゃんといっぱいになるメニュー。 「ちょっと怖い顔の拓馬を見ることができたから、怪我、じゃないな、風邪の功名って思ったよ」 「えぇ? 俺、そんなに怖い顔してました?」  ごちそうさまでした、と、手を合わせた敦之さんが満足そうにしてくれていたのが嬉しかった。 「してた。すごく」 「えぇ……」 「嬉しかったよ。早く布団に入りなさいって」 「ぇ、えー……」 「拓馬に心配してもらえた」 「そんなの」  よかった。  元気になって。 「するに決まってるじゃないですか」 「あと」  これは、きっとあまり知られていないと思う。想像、というか、そういうイメージ、世間の人には持たれてないんじゃないかな。 「一生懸命に看病してくれる拓馬が可愛くて」  敦之さんって、すごくよく食べるんだ。食べ方がすごく上品だけれど。でも、俺が驚くくらいに食べるんだ。 「早く元気にならなくちゃと思ったんだ」 「……」 「風邪が治らないまま押し倒したら、怖い顔の拓馬に怒られそうだったから」 「そんなの、当たり前です」  食いしん坊で、美味しいものを食べる時、たまらなく表情を弾ませるところが、ちょっと子どもっぽくて。 「早く押し倒すためにも元気になろうと思ったよ」 「えぇ? それが理由で元気になったんですか?」 「そう」  ちょっと可愛い人なんだ。

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