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花の王子の休息編 8 最高の休日
「連休、どこも行かなかったどころか、熱を出したんですか?」
雪隆さんの驚いた声が高級レストランの個室に響き渡った。
「あ、はい。あはは」
三日間の連休で、雪隆さんは恋人の環さんと旅行に行ってたみたいでそのお土産を渡したいからと会食に誘ってもらった。
で、そちらはどこか出かけたんですか? って訊かれたから、どこも行かなかったよって。
そもそも出かけるつもりはなかったんだ。
ゆっくり過ごしたかったから。
「……何してるんです。うちの当主は」
「あはは、本当に何をしてるんだろうね。せっかくの三日間だったのに」
呆れ顔をしていますと全面に出した雪隆さんににっこりと微笑んで、呆れられても気にしないと敦之さんは全面に出した笑顔で頬杖をついてる。
「あ、あの、でも俺は元々、三日間の連休中にうちでゆっくりしてようって言ってたんです」
「うちで?」
「はい。なので、結果的には一緒かなって。あっ、もちろん、敦之さんが熱出したのは可哀想なんですけど。でも、一日で治ったのでよかったなって。たっぷり寝れただろうし」
「……でも、看病ばかりじゃ」
「楽しかったです」
うん。すごく楽しかった。
「敦之さんは楽しくなかっただろうけど。お世話できて、嬉しかったんです。だから、俺にとってはいい休日になったなぁって」
「看病が?」
「はいっ、それに、熱で弱ってる敦之さんを、その、なんというか堪能できたので」
元気にゆっくり過ごすのが一番だけれど、俺のことをいつも一番に考えてしまう敦之さんのことだから、きっと元気だったら、三日間、何かと忙しくしてそうだった。俺のために朝からコーヒーを淹れて、朝食を作ってって。だから、お世話を俺ができたのも、全部、病み上がりだから無理しちゃダメですって言いながら、一緒にできたのも、すごく嬉しかったんだ。
「それでも、大事な時に体調崩すなんて、当主としてはダメです。あんなにスケジュール詰めて調節したのに。どおりでメールの確認が連休のちょうど中日だったわけです。早くメールの確認して返信してしまえばいいのにって、ヤキモキしてました」
「雪隆は相変わらずせっかちだな」
「兄さんがのんびりしてるんです」
「でも、期日に遅れたことはないだろ?」
「! それは、まぁ、そうですが。でもその場ですぐに対応すればいいこともいつも」
「熟考したいんだ」
そして、二人のお小言対決はいつもどおり。
「熟考と、ノロマは違います」
「今日はいつにも増して辛口だな。とてもいい三日間の休日を楽しめたんだね」
元気はつらつで、楽しそうだった。
「あれを楽しそうって思うのは、世界で拓馬一人だと思うよ」
「そうですか? 環さんも楽しそうに見てましたよ?」
「あれは……変わり者だから」
それでは俺も変わり者になってしまう、と思うのだけれど。
敦之さんか楽しそうに笑いながら、子どもみたいに、繋いだ手を大きく前後に振った。雪隆さんたちはタクシーで帰宅した。
俺たちは、ゆっくり歩きながら帰ることにした。
きっと、多分、病み上がりな敦之さんのためにと、雪隆さんは俺たちのうちの近くにあるレストランを予約してくれたんだと思う。もちろん、そう訊いても「たまたまですよ」って言うだろうけど。
「拓馬」
「?」
少し、風が冷たいかな。でも、繋いだ手は温かいから、平気かな。体調、万全とは言っても、まだ、風邪がちょっとくらいなら身体のどこかに残ってしまってるかもしれない。
「俺も、熱を出して楽しかったよ」
「?」
「一生懸命に俺の看病をしてくれる拓馬を見ることができた」
「! そんなの、当たり前です」
「そうかもしれないが。嬉しかったんだ。呼べがすぐに飛んできてくれて、水でもなんでも、着替えも手伝ってくれる。夢見心地だった。うどんも美味しかったし」
「敦之さんに呼ばれたらいくらでも飛んできます」
「ありがとう」
繋いだ手に思わず、ギュッと力を込めてしまった。
だって、すごく恋しくなることを言うんだもの。貴方のことを誰よりも独り占めしたくてたまらない俺に。
「かまってもらえて楽しかった」
そんなことを言うんだもの。
かまって欲しいのは俺の方。貴方に相手にしてもらいたいのは俺の方。
なのに。
「……拓馬」
「?」
「熱を出してる間も、もちろん、今もだけれど、世界一の幸せ者だ」
熱を出して、あんなに体調悪そうだったのに?
「でも、やっぱり熱は出さないに限る」
「そりゃ、そうです」
「熱があると、拓馬を抱けない」
「! そ、それですか?」
「もちろん、最重要だ」
「そんなのっ」
いつだって抱いて欲しいのに。いつだって、貴方のことが欲しいのに。
「さ、早く帰ろう。拓馬が風邪を引いたら大変だ」
「はい。あ、今、お風呂、沸かしちゃいますね」
そう言ってスマホを出すと、遠隔でお風呂をセットした。
これで帰ったら、ポカポカお風呂にすぐに入ることができるから。
「拓馬」
「?」
スマホを見ながら俯いていたら、ふと、名前を呼ばれた。
顔を上げると――。
「好きだよ」
そう言って、唇が触れて。
「さ、帰ろう」
貴方の笑顔があった。
「はい」
九月も終わる頃。そろそろ夜の風は冷たくて。
油断をしたらすぐに風邪を引いてしまいそうだから、貴方のことを温めてあげなくちゃ。繋いだ手で、今、セットしたお風呂で、この――。
「早く帰りましょうっ」
この、愛しさで。
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