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新人さんいらっしゃい編 1 小野池先生

 どんな時も笑顔で。 「えっと、日報は必ず打ち込んでください」  もうこれ説明したの、五回目ですよ? って思っても、笑顔、笑顔。 「たとえば、工場とかならいいんですけど。営業職って、色々な仕事を掛け持ちでこなすので、経費計上の際に、どの仕事にどのくらいの時間を使ってるのか、はとても大事になるんです」 「はいっ!」  返事はいつも素晴らしいです。  うん。  そこは君のとても良いところだと思うので。  それはそのままで。あとは作業の日報をちゃんと打ち込んでもらえたらとても嬉しい、です。  ちゃんとどんな時でも相手の、目の前にあるものの、良いところを見つけてそこを伸ばしてあげる。  たとえば、小ぶりだけれど、色が鮮やかならば、その色が際立つように、近くに引き立てられる花を添えてみたり。  そうやってどんな花でもその花それぞれの魅力を最大限に引き出してあげることが、花を活ける時に一番大事なことになります。  これは花以外にも言えることだと、僕は思います。  って、言ってたでしょう? 「返事、とても良いと思います」 「ありがとうございます!」  って、敦之さんに教わったので。 「えっと、それじゃあ、次は昨日いただいたお仕事の……」  今日も俺は新人教育係として頑張ってます。  敦之さんは今日は帰り、早いって言ってたから、夕飯、作りたいな。  何食べたいかなぁ。この間、ハンバーグ作ったら美味しいって喜んでくれたっけ。案外、子どもっぽいメニュー好きなんだよね。フツーのハンバーグ。ブランド牛のひき肉とかじゃなくて、スーパーに売ってる普通の合挽肉で作ったフツーのハンバーグなのに、敦之さんに大絶賛してもらって、すごく嬉しかった。もっとずっと、ずーっと美味しいハンバーグを高級レストランでいくらでも食べたことあるはずなのに、すごく美味しいって言ってもらえた。  褒めるの、上手なんだよね。敦之さんって。  嬉しくて、もっと頑張ろうって思っちゃう。  今頃、何してるかなぁ。  会いたいなぁ。                                            今日は講演会があるって言ってた。  何十人って人を前にしてお話ししてるのかなぁ  俺は、たった一人で手一杯です。 「はぁー…………」  ヘトヘトです。  ここがうちのソファなら寝転がってしまいたい。 「……疲れた」  会社の休憩所じゃ無理だけれど。  一つ溜め息を、すっごく大きな溜め息を、ヤニ色がどうしても取れなかった休憩所の天井に向けて吐いてから、目を瞑った。  人に教えるのって、難しいなぁ。  俺の文章力? コミュニケーション能力? がないんだろうなぁ。  任された新人さんは一人だけなのに、毎日、俺の頭の中はてんやわんやだ。  敦之さんってすごすぎない?  いつも何十人って人たちの前で、誰にでもわかりやすく生け花のことを説明できる。  こんな俺でも、ちょっと良い感じにお花を活けられちゃうくらいに、上手に教えてくれるんだ。  だから、そんな敦之先生の真似をしたいのだけれど。  なかなか、現実はそう簡単じゃなくてさ。  俺の説明が下手すぎるのか、毎回、作業内容入力間違われちゃうし。そもそも作業入力してもらえないことが多いし。メール、朝とお昼と夕方には確認してねって言ってもしてもらえないし。  指示したことはしてもらえるけれど、指示したこと以外はしてもらえなくて。  俺の伝え方が悪いんだろうなぁ。  あれこれそれ、で言わないようにしてるけど、それが逆に難しく捉えられちゃうのかな。  ちゃんと伝えようとすればするほど、説明がくどいとか? くどすぎてよくわからないです、とか? 「はぁぁぁ」 「っぷ、すげぇ溜め息っすね」 「!」 「お疲れっす」  お、お疲れ様、って言いながら、少し席をずれて上げると、その空いたスペースに立花くんが座り直すと隣にドシっと腰を下ろした。  確か、生産部には三人、新人さんが入ったっけ。教育係を任されたんだよね。すごい、三人も。俺だったら頭爆発するかもしれない。 「小野池さんも教育係っすよね」 「うん」 「一人、でしたっけ? 営業」 「うん。だから立花くんはすごいよ」 「えぇ? 何がすか」 「三人も育てるなんて」 「っぷは、子育てっすか?」 「うん」  俺は相変わらず不器用だから、一人を一人前に育てるのすらヒーヒー言ってますって小さく呟いて、また溜め息を一つついた。 「ちなみに!」 「?」 「どうやって三人も教えてるの? いっぺんに説明するんでしょ?」  そうだそうだ。いきなり目指したのが敦之先生なのが、良くなかったのかもしれない。身の丈に合ってないっていうかさ。俺が急にあんなになんでも上手にできてしまう、すごい人を真似られるわけがない。何十人に教える、じゃなくて、まずは立花くんを先生モデルにしてみたらいいんじゃないかな。三人くらいに教えるのが上手な彼をお手本にしてみたら。 「えぇ、いっぺんにガーって教えて、こうしてこうやって、こうすんだよって感じっす」 「……」  あれこれそれで伝わる? 「ノリっす」  勢いでガーって教えて、あれこれそれってノリで伝えて。 「わ、わかった」  残り、半日。本日の目標を敦之先生から、立花先生にモデルチェンジしてみた俺は、心の中で、もぅ一度、頑張るぞってファイティングポーズを取ると、休憩室のボロソファーから元気に立ち上がった。

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