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新人さんいらっしゃい編 3 新人さん
まずは成功体験をしてもらって、「できた」実感してもらうこと。
「あ、作業日報打ってくれたんだ? ありがとう」
メモを取る時は、何をメモるかも伝えて――。
「そうそう、それも書いておいてくれると良いかな」
質問しやすい環境作り。
「なんでも訊いてね」
そこでお昼休憩を知らせるチャイムが営業事務所に響いた。
ホッと、一息ついて、午前の仕事は終わり。新人の中田さんも食堂へと向かった。と言っても、うちの会社は社員食堂があるわけじゃなくて、お弁当を広げて食べられるようテーブルが並んでるだけ。生産部の人とか個人のデスクがない人はそこで食べられるようにって。
「……はぁ」
午後は中田さんを連れて外回りしなくちゃ。打ち合わせにも出席してもらって。
俺が入った時はこんなふうに教育担当なんて人はいなかった。自分で覚えていくスタイルだったから、大変だったなぁと、また一つ溜め息を――。
――ブブブ。
「?」
電話は雪隆さんだった。
なんだろう。
最近、敦之さん、すごく忙しそうで、帰りが遅いんだ。会えても、ちょっとくらいで。少しスケジュール詰めすぎじゃないかなぁって、ちょっと心配してたところだったから、それかもしれない。
最近忙しくさせてますが心配しないでください、って。
「もしもし?」
『お疲れ様です』
「お、お疲れ様です」
雪隆さんの澄んだ声の向こう側が少しザワザワうるさい。外、かな。今日は、敦之さん、地方で講演会って言ってたけれど。
ちょっと時間が空いたのかな。
『今って、お昼です?』
「あ、はい」
気遣い、すごいなぁって。敦之さんが忙しいってことは、連動して雪隆さんも忙しいはずで。お昼休憩だってままならないことが多いはずなのに。
『すみません。お昼休憩中に』
「いっいえ、全然」
『お仕事、どうですか?』
「え? 俺の仕事、ですか?」
『えぇ』
? なんで、突然、俺の仕事のこと? わざわざ電話までして? ただのサラリーマンの仕事だよ? 何か劇的な変化があるわけじゃないし。敦之さんみたいに、あっちこっち日本を駆け巡るわけでもない。刺激はゼロ。だからどうですかと言われても、ぼちぼちです、としか。
「えっと……まぁ、はい。忙しい、です。今月、年度末の棚卸しもあるので」
『そうですか。そうですよね』
「?」
頭の中にはてなマークがパパパッていくつも並んだ。一体これはなんの電話なんです? って。
『年度末の棚卸し、頑張ってください』
「? は、はい。ありがとう? ございます?」
『色々ご迷惑をおかけしますが』
「?」
頭の中のはてなマークがまた百個くらい並んだ。ご迷惑? うちの会社の棚卸しが? それとも忙しいけれど、敦之さんはもっと忙しいから、どうか二人でこの多忙な時期を凌いでください、みたいな?
『それでは失礼します』
ちんぷんかんぷんだった。
「?」
電話、切れちゃった。
で、結局なんの電話だったんだろうって。忙しさの比でいったら、絶対に雪隆さんの方が忙しいはずなのに。なのに、電話。しかも、全然用事があるとかじゃなくて、俺の仕事の様子? なんて確認して?
「?」
なんだったんだろうって不思議に思いながら、スマホをポケットにしまった。
そして、スマホに書き込んである、敦之さんに教えてもらった敦之さんの仕事のスケジュールの中から今日の予定を眺めた。
ほら、やっぱり、俺よりずっと敦之さんのほうが多忙で、それに帯同する雪隆さんもすごく忙しいのにって、もう一度首を傾げた。
「おはようございまーす」
「あ、おはようございます」
隣のデスクの中田さんが立ち上がって、ピッと背筋を伸ばすとニコッと笑って朝の挨拶をしてくれた。
「? なんか、今日、元気ないっぽいです?」
「そう、かな」
「あ! 花粉症ですか?」
「ううん」
違うよ。
元気はちょっとないかもしれないけど。
花粉症でも、風邪でもない。
ただちょっと元気がないだけ。
あの、謎の雪隆さんからあった電話以降、敦之さんはやっぱりすごく忙しくて。
昨日は特に忙しそうだったから。
一緒に住んでるから顔を見られるし、短いけれど会話もできた。けれど、本当に本当に忙しそうで、急になんだか大変そうだなって心配してたんだ。
今度、いつ一緒にゆっくりできるかなって。
訊いたら、かまって欲しいと言ってるようなもので、敦之さんに無理をさせてしまうってわかっているから、言わずにいたけれど。
そんなことを言ったら、敦之さんはきっと自分の体調とか気にしないで、俺のために予定空けようとしちゃうかもしれないから。
だから「いってらっしゃい。気をつけてくださいね」ってだけ。
今朝も「いってらっしゃい。今日は、帰り早いんですね」って、ちょっと嬉しくなりながら見送った。
そう、今日は帰りがほぼ俺と同じくらいになるんだって。それを聞いてすごくすごく嬉しかった。
今日はちょっと長く一緒にいられるんじゃないかって、思って。
思って。
「えー、今日から、数日間、棚卸しに向けて色々準備等を一緒にやってくれます」
思って。
「柏木(かしわぎ)敦之です」
………………?
「初めてのことばかりですが、頑張ります。よろしくお願いします」
え?
ええ?
えええ?
「あ、教育係の小野池くん。今、中途なんだけど新入社員の中田くんにも教えてるところでちょうどいいから」
ええええ?
「小野池くん、彼にも教えてあげてもらえる? 棚卸しの入力とか」
えええええ?
「よろしくお願いします。小野池さん」
ええええええええええ、え?
「ひゃえ?」
頭の中は、「え」とはてなマークが百個、どころじゃない。千個くらい並んでいて、ぐるぐると目眩がした。
思考停止するくらいに、わけがわかんなかった。
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