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新人さんいらっしゃい編 4 大事件です。
頭の中に「なんで?」が百個並んだし。
「すみません。今日から数日ではありますが、ぜひよろしくお願いします」
「どういうこと?」も百個くらい並んだし。
「あ、俺、中田です。先週から入ったんです」
「そうなんですね。ぜひ、よろしくお願いします」
「こちらこそぉ」
ただのはてなマークなら千個くらい頭の中でぐるぐるしてた。
「よろしくっす」
「ちょおおおお!」
変な声、出ちゃった。
だって、パニックが収拾つかないでしょう? 今、もう言語を話すのも難しいくらいに頭の中は大混乱してるんだ。
「あ、ああああの、あのっ、中田くんっ、ごめんっ、新人のっ」
「柏木です」
「かかかかか柏木さんを、その、社内案内してくるから、ここで、メールの確認していてくださいっ」
「ういっすー」
「なんで?」と「どういうこと?」と、はてなマークを頭の中にぎゅうぎゅうにしながら、敦之さんを、事務所から連れ出した。
ね、そうだよね? やっぱり敦之さんだよね?
髪セットしてないから、昨日、寝る時に「おやすみなさい」って微笑んでくれた時と同じ、ナチュラルな感じ。普段、お仕事として上条家当主として外に出る時は、髪をセットしてるんだ。少し後ろに流してる。メガネしてるとこ初めて見た。すごく単純だけど、そもそも敦之さんは頭が良いけれど、ものすごく、ものすごおおおおく頭が良さそうに見える。
「あ、あ、ああの、あのっ」
なんで? どういうこと? どうしてここに敦之さんが?
「びっくりした?」
「びっくりしました!」
「変装、どうかな?」
そう笑ってメガネを外すと、髪がナチュラルなせいもあって、まるでうちで寛いでる時の敦之さんだ。
それに、外では普段スーツなのに、今日はカジュアルなニットにパンツスタイル。
「どうやっ」
「スキマバイトっていうのを登録してみた。柏木というのは母の旧姓なんだ」
「ひえ?」
「雪隆にお願いしてね。スケジュールを空けるのが少し大変だったよ」
「そっ?」
「ちょっと雪隆が呆れてたけれど、仕事は大丈夫。ちゃんと頑張るよ」
「ど?」
「もちろん棚卸しの」
「ひいいい!」
何? なんで? どうして?
「それでは、社内案内お願いします」
えぇぇ?
「小野池さん」
ひぇええええ?
「えっと、こっちが? 生産現場かな」
ひょえええええええ!
やっぱり本物だ。
「へー、柏木さんって、お花屋さんだったんすか」
「そう」
お花屋さんって、そのお花屋さんじゃないから! そっちじゃなくて、もっと、なんかすごい方のお花屋さんだから!
「お花いいっすよねー。俺も、好きっすよ。お花」
「じゃあ、花の話題で盛り上がれそうだ」
無理です! 次元が違いますので!
「ですです。なんの花が好きです? 俺、あれ、夏の、小学生の時、夏休みに持って帰る」
帰りません! 敦之さんは! それ、朝顔ね! 朝顔は花屋さんに売ってないでしょ!
「朝顔、かな。綺麗だよね」
にっこり笑ってる敦之さんの隣で、ずっと内心ひぇえええって叫んでる。お花いいっすよね、じゃないよ。好きとか好きじゃないとかのレベルじゃないから。お花をなんていうか芸術レベルにしちゃうすごい人なんだってば。
「はーい、お茶菓子でぇーす」
営業アシスタントの女性社員がニコニコ笑顔で、来社したお客様からもらった菓子折りのどら焼きをみんなに配って歩いてた。
「あ、柏木さんもどうぞぉ」
「いただきます」
目、ハート型。
って、そりゃなるでしょ。こんなかっこいい人が突然職場に来たら。お花みたいに綺麗で、お花みたいに華やかで、芸能人? モデル? って、女子社員の目がずっと輝いちゃってる。
「きゅ、休憩なので! どうぞ!」
「あ、そうなんすよ。十時から十分休憩なんで。んで、食堂に給湯器があって、それ、お茶も出るんで。水筒とか持ってきてます?」
「あ、持ってきてない」
「オッケーオッケー、一緒にお茶もらいに行きましょうっ」
「了解です」
ちょおおおおっ。あの、あのね、中田くん、あのねっ、その、この目の前にいる人はすごい人なんだよ? テレビにだって出てるし、ものすごいお家の一番偉い人だし、彼の下にはたくさんの門下生がいて、敦之さんが講師をするってなれば、その講演会のチケットは他の上条家講師の人がやるレッスンの何倍もの倍率に跳ね上がっちゃうくらいに大人気で。
とにかく、ものすごい人なんだってば。
「あ、小野池さんもお茶でいいっすか?」
ひぇえええ。
「ちょっ、大丈夫っ、自分でっ」
そんなこと敦之さんにさせたら、門下生に怒られちゃうってば。
「いーからいーから」
「そうですよ。いいからいいから」
いいわけないでしょう? 全然、ダメでしょう?
「ひょっ…………」
そして、中田くんと敦之さんが並んで給湯器へと向かっちゃった。あの、華道の、日本の、世界の、敦之さんにお茶取りに行かせちゃった。
「……えぇ……」
背、本当にモデルみたいに高い敦之さんと、俺よりは少しだけ、ほんの二センチくらいかな、背の高い中田くんが並んで歩いてる。あの敦之さんがウチの会社にいる。リラックスムードスタイルで、アルバイトしてる。棚卸しって単語を口にしてる。お花の名前じゃなくて「タナオロシ」って呟いてる。先週、五つ星レストランで、めちゃくちゃ高いステーキを食べた口で、手土産のどら焼き食べたりしてる。
大事件です。雪隆さん。
すごいことに、なっちゃってます。
そう、心の中で呟いた。
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