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新人さんいらっしゃい編 7 至福の三日間

「いやぁ、本当に、大助かりだったよ。ありがとう。柏木くん」  三日間のスキマバイトが終わった。  棚卸し日はいつも会社中の備品の数チェックにみんなで走り回るから、けっこう埃まみれになるし、ヘトヘトになるんだけど。今回は敦之さんの準備がすごすぎて、ちっともヘトヘトにならなかった。残業必須の年度末棚卸しは壮絶になるのがいつもなのに、まさかの定時就業だし。 「お力になれて何よりです」 「お力も何も。柏木くんがいたおかげで、本当に棚卸しはスムーズにいったし、他の部署からも大絶賛で。本当に社員登用お願いしたかったよ」  本当にすごいなぁ。  ありがとうございます。そう言って敦之さんがニコッと微笑んだ。そして、その微笑みに今ここにいる女性社員と中田くんが、うっとりとしちゃってる。  さっき、営業部長が敦之さんを呼び出して、小会議室で少し話し込んでた。きっと本当に社員にならないかって訊いてたんだと思う。  すごいよね。  たったの三日間で敦之さんのすごさがわかっちゃうくらいに本当に優秀な人なんだ。あっという間に全員に、この人は会社にいなくてはいけない逸材だって思わせちゃうってさ。 「いや、マジですごかったっす。俺も、柏木さんみたいになれるといいんすけど」 「なれると思いますよ」  どこまでも丁寧で、誰のことも尊重してくれる。  出会った頃から俺なんかにも、すごく優しくて。 「短い間でしたが、本当にお世話になりました。またお手伝いする機会がありましたら、ぜひにと思っています」 「もちろんもちろん! こちらこそぜひに、だよ!」  そして拍手喝采とともに就業を知らせるチャイムが鳴った。 「本当にすごいです」  帰り、自宅が同じ方面だからって一緒に車に乗せてもらっちゃった。同じ方面どころか一緒に暮らしてるわけだけど。 「?」 「敦之さん、うちの会社で人気者でした」 「そんなことないよ」  超高級車に乗ってるスキマバイトマン、なんて、少しおかしいけれど。さすがにこのスキマバイトのために安めの車を買うなんてことはできないから。 「そんなことあります。部長はもう大絶賛だし。俺、何度も給湯室とかで女性社員さんが敦之さんのこと話してたの聞きました」 「俺のことを?」  かっこいい、でしょ。  彼女さん、いるみたいだよ、ザンネーン、でしょ。  連絡先を教えてもらえないかなぁ、でしょ。  とにかく女性社員さんのほとんどが敦之さんのファンになっちゃったんじゃないかな。 「それは光栄だ」 「あと、中田くんもっ」  同じ新人さんだけれど、その優秀さと、人柄にもう尊敬の眼差しが止まらないっていうか。敦之さんを目指して、みたいなノリになってて。今まで何度言っても忘れちゃってたことをしっかりできるようになったし、敦之さんを真似て、色々頑張ってた。 「師匠って呼んでましたよ」 「すごいな。師匠になれるなんて」  にこやかに笑いながら、スムーズに街中を通り抜けていく車の中、もうずいぶん、日が伸びて、まだ夕暮れのオレンジ色が鮮やかに滲んでいる空を眩しそうに見つめた。 「楽しかった」 「……」 「というと、少し語弊があるかな」 「?」 「娯楽的な楽しさ、じゃなくて」  けれど、きっといつもの敦之さんの仕事に比べたら、すごく簡単だったんじゃないかな。何百人という人の前で講演会をしたり、ものすごい著名な人たちと会食をしたり、テーマパーク、商業施設で花の展示に携わってみたり。敦之さんの肩には上条家の全てがのしかかっている。それはとても重くて、緊張感もあって、すごく大変なことだと思うんだ。プレッシャーもすごいと思う。きっと、普通のサラリーマンなんかじゃ到底堪えきれないプレッシャーで。 「一番は拓馬の仕事をしている時が見られた」 「俺の、ですか?」 「そう」  けれど俺の仕事なんて。 「確かに、俺の当主としての仕事は全く違う仕事だったけれど」 「比べられないですよっ」 「そう、比べられない」  オレンジ色に夜の色が混ざり出して、その、もう沈んでしまう夕日のほのかな明かりに敦之さんの端正な横顔が優しく照らされてる。うっとりと見惚れてしまうほど、素敵な横顔で。 「階段の滑り止めを直してあげていた」 「! 見てたんですか?」 「もちろん。誰もが、目にしても、それに足を止める人はそういないと思うよ」 「……」 「けれど、ふとそれに足を止めて、直してあげる。その気遣いが素敵だと思う」  不器用で手を真っ黒にしてしまったけれど。 「一生懸命で可愛かった」 「!」  その真っ黒になって、どうにかやっと直せた不器用な手を敦之さんがきゅっと握ってくれた。 「それに、君が先生として教えている新人くんをチェックできたし」 「! あのっ」 「もちろん牽制もしておいた」 「?」  とても仲睦まじい恋人がいるようだって伝えておいたと、少し得意気に話してくれる。 「君にあんなに一生懸命に教えてもらえて、羨ましかったんだ」 「え、えぇっ?」 「俺も君につきっきりで教えてもらいたくて」  え? あの、まさか。 「至福の時間だったよ」 「!」  そのために? 「だからとても楽しい三日間だった」  あぁ、もう。 「何、言ってるんですか……敦之さん、めちゃくちゃ忙しいのに」  そんなことでそんなに嬉しそうに、世界一の幸せを味わえたかのように笑うなんてさ。  ドキドキして胸がちょっと苦しくなっちゃったじゃないですかって、高級車の助手席で夕陽のオレンジ色よりもずっとずっと真っ赤になっていた。

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