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 女好きというと語弊はあるが、晃は全ての女性に平等に優しさを与えてやろうとする男だ。  男でありながらこの業界に興味を示したのも、化粧品はどんな女性も工夫次第で見違えるほど美しくしてしまう魔法のアイテムだと感動したからだという。  まあ、単に女性社員が多いからではないかといえば、きっとそれも正解だろうが。  彼の妻も、そんな優しさに心打たれた……言い方を変えれば騙された、男慣れしない女である。  しかしながら、アイドルのような者が多くなっている中で、彼女──成田美鈴(なりたみすず)こと篠宮美鈴は、古き良き品性ある美人フリーアナウンサーだ。大学時代からミスコンで優勝し、勉学も一生懸命で主席で卒業するなど、その美貌と知性は今やお茶の間からも認められている。  女なら見境ないような振りをして、ちゃっかりと特上の獲物を捕まえているではないか、と周りの男性陣はジェラシーを感じずにはいられない。  彼女とも面識のある鷲尾は、晃とは家族ぐるみの仲だった。  だが、監視の為だけならば、そのように不用意に誰かと親交を深める必要はない。むしろ弊害が出てしまう恐れがある。  それでもそうしたのは、鷲尾にとって、晃の“家族”に問題があったからだった。 「あ、そういえばね、怜仁くん。今度また僕の家に来ない? ホームパーティーを企画してるんだ。パパも来るよ!」 「社長も。恐れ多いのですが、俺なんかがお邪魔しても良いのでしょうか」 「そんな、僕と君の仲じゃないか。遠慮しないでよ。美鈴もパパも歓迎してくれるって」  ──無防備すぎて笑ってしまいそうだ、と鷲尾は喉奥から声が出そうになるのを堪えた。 「そうですか。それじゃあ、是非ともお邪魔させてください」 「やった!」  晃は子供のように小さくガッツポーズをした。  鷲尾の柔らかな笑みの裏側にある、どす黒い欲望には何ら気付いていない。  八代の死に関しては、当初は想悟にも疑われてしまったが、それも仕方のないことだった。  鷲尾が遺体の第一発見者だったことや、昔から八代に目を掛けてもらっていたこと、そもそもの鷲尾の性格から考えれば、普通はそう思うはずだ。  想悟だけでなく、口には出さないだけでクラブの誰もが鷲尾を疑ったことだろう。証拠がなくとも、前提としてどんな仕事も痕跡を残さないことがクラブのやり口であるから、今でもそう思い込んでいる者だっているかもしれない。  結論から言えば、鷲尾は八代を殺してはいない。殺したければとっくにそうしている。鷲尾がかの妖怪爺を今まで放っておいたのは、特段損がないからだ。   八代はたった独りで事切れていたのだ。自分の身体は自分がよくわかっている彼のことだ、あるいは死期だって悟っていたのかもしれない。  鷲尾が八代を見つけた時、彼は大好きな死体に囲まれて倒れていて、しかしその顔は冷たくなった身体に似合わずとても幸せそうなものだった。苦しむことなく、眠るように逝ったことは明白だった。  鷲尾も人のことを言えた立場ではないが、あんなに悪行を働いてきた人間の死に方とは思えないほどに、安らかな終幕で──。  まったく、どこまで図々しい男かと呆れてしまった。でも少しだけ、羨ましいとも感じてしまった。  鷲尾はオーナーのように長生きをするつもりもないが、自身もこんな風に人生を終えることができたら、それはどれだけ素晴らしいことだろう。己がこの世に生を受けた真の意味を見出せる気がする──そんな風に考えてしまう自分がいた。  しかしその中で、鷲尾はある重大な発見もした。今のクラブにとってなくてはならない存在である前支配人・神嶽修介(かみおかしゅうすけ)と、霧島想悟に関する資料。それに、幼い頃に亡くなった両親の事件に関する資料だった。  クラブで生活する中で、いつからかなんとなく予想はついていた。  けれど、いざ本当にあの事件にクラブが関与している事実を突きつけられると、どこか納得し、そして安堵した部分もあった。  実行犯はやはりというか、クラブの人間であることは間違いなく、犯人に繋がるようなものは残っていなかった。  それなら、クラブの人間ほとんど全てが当てはまってしまう。プロの殺し屋だって多く属しているし、それらの証拠を隠蔽、ねつ造できる者もいる。警察内部に顔が利く者だって。目星なんてつくはずはないし、そもそもまだこのクラブに残っているかすら。  しかし、依頼人の素性だけはしっかりと記録されていた。きっと、永遠に裏切りを許さない為だろう。クラブはこれでも義理を大切にしている組織だ。  “篠宮輝明(しのみやてるあき)”──それが、鷲尾の両親をあのように惨殺されるよう仕向けた男の名。  クラブで禁止されている行為を繰り返したことから会員でいる資格を剥奪され、今はブラックリスト入りしている男だった。  その資料を見た瞬間、鷲尾はこれまで生きていて味わったことのない猛烈な怒りを覚えた。  彼が鷲尾の両親を殺害するよう依頼した理由は、大学時代の親友であった父への、単なる嫉妬だった。  親の期待を一手に背負い、プレッシャーに押し潰されそうな毎日を送っていた篠宮と、何があってもへこたれず、ひた向きに、真面目に生きていた父。  篠宮はただ、そんな己にはないものを持っている父が、憎く、妬ましかったという。それほどの怨恨があるのなら、あの世間に知らしめるかのような殺害方法を指示したのも合点がいった。  しかし、氷山の一角を知った鷲尾が思うことといえば。  たったそれだけの理由で自分の人生が狂ってしまったのかと考えると、なんて余計なことをしてくれたのだと、捻り潰してやりたいような気持ち。  相手はもうクラブ会員ではない。ならば好きにだってしていいはずだ。鷲尾は篠宮への、ひいては一家への復讐を堅く決心した。  ──鷲尾にとって、人の死というものは大して心に影響を与えるものではなかった。  最愛の両親が亡くなった際も、悲しいだとか、寂しいだとかよりも、これからどうしようか、両親が健在している方が生きやすい世の中であるのに、そんな漠然とした面倒臭さを感じるのみだった。  しかしだからと言って何も感じない風でいては周りの大人達からどう思われるかわからないとは幼心に理解していたので、鬱々と喪に服し、両親の話題になると物悲しげな態度をとってみせることも忘れなかった。  鷲尾は家族に愛されていなかった訳ではない。むしろまったくの逆。溺愛とも言うほど愛されていた。  上場企業でバリバリと仕事をこなしがらも家族サービスには抜かりのない父と、そんな夫を献身的に支える家庭的な母。  幼なじみの付き合いから自然と恋愛に発展しただけあって夫婦仲はとても良く、何より二人とも子煩悩な人間だった。非の打ち所がない二人の間に産まれた彼は、穏やかで、実に恵まれた暮らしをしていた。  だからこそ物足りなかったのかもしれない。もしくは、そうして一定の年齢になるまで良いように自分を守り育ててくれる親の元を選んで産まれて来たのかもしれない。  恐るべき秘密地下クラブを知り、身を投じた鷲尾がその才を発揮することは定められていたものではないかと思うほど、彼の中で妙にしっくりときた。  故に笑っていた。どんな時も、へらへらと。  心の底から幸福を噛み締め、笑っていた。 

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