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 鷲尾は歩いて近くの喫茶店へと向かい、最奥の目立たない席に座った。上着を脱いでホットコーヒーを二つ注文し、改めてまじまじと真鍋の顔を見た。  真鍋はニヤニヤと下品な笑みを浮かべている。決してそんなつもりはないようでも、強面の顔を隠す為か、彼の癖のようだ。 「まあそう力まずに。リラックス。親戚のオッサンに近況報告するくらいの気持ちで話してもらえると助かるんですが」 「真鍋さん……と仰いましたか。ずいぶんフランクな方なんですね」 「嫌ですか? 話しやすいとは言われるんですがねぇ」  妙に馴れ馴れしくしてくる肥えた中年に内心は嫌気が差しながらも、真鍋の目つきを見ていると、そうしてこちらをじっくり観察しているのだとわかった。  こういった人間には、あまり平然としているのも裏に何かを隠していると勘繰られることになり、逆効果だ。  単純な男だと思われるくらいの方が良い。まずは心を開いてやるとする。  真鍋が胸ポケットから取り出した煙草の箱から一本手に取り、片手のライターで火を点けようとするので、鷲尾は真面目な顔つきを崩し、「煙草なら喫煙所で」と小さく笑ってやった。 「おっといけねぇや。つい癖でな。いやいや、失敬」 「……ふふ、なんだかあなたのように気さくな方は初めてです。申し訳ないのですが、実は記者の方というと、どうも性急な方が多い印象でしたから、あまり良いイメージは持てずにいたんです」 「そうでしょう。話がわかりますね、鷲尾さんよ」  注文していたコーヒーが来た。ついつい、先にカップに手を伸ばし、視線を逸らして──恐らくはさっきの若いウェイトレスだろう──の後ろ姿を見ながら一口啜ったのは真鍋だった。  そこで鷲尾は確信した。  やはり真鍋はこちらにとって不利益な話をしようとしている。勝算はあるが、そう簡単にはいかないと思っている。そんなところだろう。  それでいて、自分のペースを乱されたくない。こんななりをしているくせに、いいや、それ故にだろうか、なかなかプライドが高い男と見た。  その裏を予想してみれば、大した男ではないのかもしれない。鷲尾は真鍋よりも早く本質に迫った。 「真鍋さん……あなたが聞きたいことというのは、やはり、俺の両親の事件についてでしょうか」 「まっ、そういうことになりますね」  そう言って真鍋は自身が寄稿している週刊誌を取り出してテーブルに置いた。  鷲尾も一応それをパラパラとめくって中身を確認する。芸能人の浮気や借金問題から政治家の汚職まで、やはり俗な話題ばかりだ。  中には、真鍋が欲しているような過去の未解決事件の記事なども掲載されている。  『某名門校元教諭K失踪 現代の神隠しの真実』これは実際に真鍋が書いたものだろう。  一見真面目な文面ではあるが、大衆の野次馬根性を満たすものであるが故に、大筋は面白おかしく書いている。  根拠も何もなく、ほとんど想像、いや妄想同然だ。読んでいてもあまり良い気はしない。  よくこれで訴えられないものか。全てを表現の自由と断言してしまうのもいささか問題ではある。 「ふむ……しかし、俺の知っていることは全て警察にお話ししてありますし、もう昔のことですから、だんだん記憶もおぼろげになっていて……今さらめぼしい証言も出て来ないと思うのです」 「それを承知でお願いしたいんですよ。どんなに小さなことでもいいんです。話しているうちに、もしかするとあなたも忘れていたことを思い出すかもしれませんし……ね、どうですか」  鷲尾はため息を吐きながら、腕を組み、俯いて悩む振りをした。そう言われても、といったような顔だ。  今このタイミングで真鍋のような男に目をつけられるとは、鷲尾にとって面倒事の一つに過ぎなかった。  真鍋一人だけならまだいい。しかし、現在は刑事の美波も近しい存在でいる上に、こう周辺を嗅ぎ回られては篠宮家への復讐という大きな目的の妨げになりかねない。 「鷲尾さん。俺はね、事件の被害に遭われた方々が、取材を通して少しでも心の整理をできればいいと思っているんですよ」  悩んでいる風な鷲尾に、真鍋は厳しげに眉間に皺を寄せて白々しく言った。  そんな真鍋の言葉を聞いて、鷲尾はハッとした。  このように胡散臭いだけの中年親父が正義に熱い素晴らしいジャーナリズム精神を持ち合わせているとはとても思えない。どちらかと言えば他人の不幸は蜜の味と言った類いだ。  よくもまあそのような口を叩けるものか。なんて偽善者なのだ。公共の場でなければ声を上げて笑いだしてしまいそうだった。 「……俺の心も、救われますか」  笑いを堪えてブルブルと身を震わせながら、鷲尾は真鍋の真剣そうな双眸を見つめた。心の壊れてしまった被害者遺族を装うことは昔から得意だった。 「ええ。きっとね」  真鍋はヤクザのような顔を目一杯に優しげにして、笑いかけた。  こうして他人に上手く取り入るには、自分を殺してまでご機嫌取りをするか、時に回りくどい策を練って罪悪感を抱かせるか。  真鍋はどう考えても前者だ。真に人を騙すような頭脳はない。だって、全て顔に出ているのだから。  ──乗って来た。獲物がうまく罠にかかったと判断した鷲尾は、「考えさせてください」とだけ言った。

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