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5-1 晃とお仕事

 鷲尾と晃らの商売相手は、主に薬局やコンビニ、バラエティショップなどの小売店だ。  だが大手のコスメコーナーでは違う。美のプロが勤務し、そしてまたそれになろうと憧れたり、一皮剥けたい若い女性などが足蹴なく通う場所だ。  こちらも大手企業とは言え、あぐらをかいていてはすぐに足元をすくわれる。  外資系のブランド力は根強いものがあるし、昨今は他業種の参入、低価格帯のアジアンコスメも、芸能人やインフルエンサーの影響で何が流行るかわからない。  高額だがやはり国産なだけはあるといった安心、安全な品質をアピールしなければならない。  目に留まりやすく、そして長くブースに置いてもらえる商品は、一握りなのだ。作ったはいいが売れ行きが伸びず廃盤だってザラにある。  今日は晃と百貨店内にある、ブランドコスメ店に赴いていた。  こういう仕事をしているからには、美容に人一倍気を遣いながらもバリバリ働く女性と親交があるらしく。「僕が顔が利くところもあるんだ」と意気揚々と案内されたが、ここは……。 「まさかとは思いますが、ここって美鈴さんがよく買い物に来られる店では」 「ちが……そ、それはそれ、これはこれだよ!」  一人で焦っている晃の反応を見るに、愚問だ。  やはり、晃に新規開拓するような度胸はない。社会人になってもお友達ごっこか。 「あらっ、篠宮さん」  ロングヘアを内巻きにし、清楚なブラウスとすらりとしたパンツスーツの女性が、晃を見るや親しげに近寄ってきた。このフロアを仕切るバイヤーだ。  話は道すがら聞いていたが、美鈴のことはともかく──この店はよく晃が営業に出向くのだとか。  バリバリのキャリアウーマンといった彼女を見て、鷲尾は内心納得した。中見半分見た目半分、晃好みだなと。  確かに薬局の店長は禿頭で小太りの男性だった。だからと言って仕事には影響しないが、晃個人はやる気が削がれるだろう。 「そちらの方は、新人さん?」 「はい! 僕が研修したので、とっても真面目です!」 「鷲尾怜仁と申します。本日はわざわざお時間をいただきありがとうございます。よろしくお願い致します」  名刺を出し、姿勢良く礼をする。女の花園にぼんやりしている晃を横目で冷たく見やり、互いに名刺交換を終える。  穏やかに笑う彼女は、美鈴のような万人に受けるアナウンサーとはまた違った、品を感じさせる。 「ふふ……そうみたいね。それじゃ、奥で話しましょう。今日はどんなものを持ってきてくれたのかしら」  話を聞くに、美鈴よりもたぶん年上の彼女は、子供が三人いると言う割に若々しく、凛とした美女だった。  今企画のコンセプトでもあったが、若いうちから始めるエイジングケア用品、そして気になる部分を徹底して隠すよりは、自然な光沢で美しく見せる化粧品類を勧めた。  実際の売り上げ資料でも、日焼け止めや化粧下地にプラスして、トーンアップや艶のある商品が着実に数を伸ばしている。今や十代、いやそれ以下さえもターゲットだ。  もう冬場ということもあり、従来とは違った独自開発の保湿成分が入った化粧水、美容液、乳液、クリーム。  保湿はしつつも崩れにくく、低刺激処方であるファンデーションなどのメイクアップアイテム。  消費者がなりたい肌質へ近付けるベースの比較的簡単な選び方や、そして何より、誰もが目を奪われるパッケージの感性。  主にそんなテーマで、良きところで相槌を打ち、時には投げかけられる疑問を納得されるまで真摯に話し合っていた。 「それで、篠宮さんはどう思うの?」  鷲尾ばかり話していたせいか、晃にも話題が振られる。 「……せ、僭越ながら、弊社の商品は、最高のクオリティを保っていると自負しています。社内の皆が一致団結して創り上げたものなんです。だから……そう! 今期も、本気で誇りを持ってやって来たんです! 絶対損はさせませんのであの」  晃は何故か前のめりになって言い放った。瞳にも自信が溢れている。 「……申し訳ありません。言葉遣いについては私が教育します」  ほとんど被せるように小声で口を挟むが、直接的すぎる言い分も評価してくれたようだ。  笑いながらも、彼女は終始機嫌が良かった。

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