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 商談が終わって、フロアを出る頃には、BA達がこぞってお辞儀をしてくれた。  ……と、言うのは世辞で、次の拍子には子供に接客するみたいに、手を振ったり、「また来てね」などと、かなりフレンドリーだった。しかも晃に向けて。 「あなたって普段どういう仕事をしているんですか」  刺々しい口調で言ったのに、晃は実にあっけらかんとしている。 「え? どうって……普通だと思うけど……ただ、褒め殺し……ってやつは使うかな。実際女の子は誰しも超可愛いと思ってるし。あっ、勘違いしないでよね、マイエンジェルは美鈴だけだから!」  駄目だ。こいつから常人の台詞が返ってくると思う方が間違いだ。 「だってさ、BAさんってやっぱみんな綺麗なんだよ。外見だけじゃなく、こう……生き生きしてるというか。周りがキラキラッとして見えるというか」 「はぁ」 「怜仁くんもそう思うよねぇ!?」 「さぁ……」  熱弁する晃に、鷲尾は何の関心も生じない。ついつい空返事になる。 「はあぁ……あんなに素敵な人ばかり見られるなんてやっぱ営業職を選んで良かったな」  晃が選んだのではなく、父の輝明社長に入れてもらった、が正解だ。 「そういえば、僕の好きな女優さん。あのブランドをライン使いしているそうだよ。だから艶々で色気があるんだねぇ。って、よく見たら怜仁くんって肌綺麗だよね。なにか特別なスキンケアでもしてるの? あっ、僕は美鈴に聞いてお風呂上がりにアロママッサージとかしてるかな。これからは男もしっかりケアしないとって時代だからね、」 「だから企画、開発部も力を入れてる……でしょう? 俺達はその為に各店舗を回ってる。雑談をする暇があるなら、上手いセールストークの一つでも考えてください」 「う、ううん……怜仁くん手厳しいなぁ」  そうは言ってみるものの、晃の手腕など最初から求めていない。せいぜい彼の社会科見学の付き添いだ。  確かに営業に説得力はとても重要だが、一方的な押し付けになってしまってはいけない。  では何が重要かと言うと、一番は顔だ。己の生まれ持った顔と肌艶、髪質、体格といった清潔感が好まれる。  そうして、「弊社の商品を使えばこんなにも美しくなれる」と半ば洗脳のような形で売り込む、というか相手の深層心理に刷り込んでいく。それは男も女も変わらない。  全てにおいて努力をしろとは言わない。資質というものは人それぞれであるし、どうにもならないことの方が多い。  ただ、あくまで効率良く得をする為に、鷲尾も努力は惜しんでいない。  顔がいいと女にももてる。教師が贔屓をするから、勉強もできる。  それは社会に出てからも同じで、やはり先輩後輩、上司受けも良いので仕事もできる。  何よりいつでも胸を張って生きていける。一石何鳥やら。  それを疎ましく思う輩は、どんな環境だろうが一定数いるのだから別に無視してやればいいのだ。  先に休憩に入っていた晃の元へ向かう。両手には、近くのコーヒーショップで買った素朴なコーヒーと、晃用の生クリーム増し増しキャラメルラテ。 「篠宮さん。先ほどの店舗は前向きに検討していただけるようですよ」  バイヤーの口調からして、ほぼ確定だろう。 「ほんとにっ? いやー、怜仁くんが来てから新規契約も多いものだから笑いが止まらないって課長が……あ、今のはオフレコで」 「はい。わかってますよ。ああこれ」  外回りはまだ終わっていないし、オフィスに戻ってもまだまだやることがあるというのに。既に疲労困憊といった状態の晃にラテを渡す。 「ありがとう! ……あれ、スイーツ……ないの?」 「は?」 「だって、疲れには糖分がいいんだよ」 「程度にもよります。……そこまで頼まれていないので買って来ませんでしたし、悠長に食ってる暇はありませんよ」 「うあぁー。残念」  がっくり肩を落とす晃。一時でもこんなポンコツと仕事を共にせねばならないのが自尊心を抉って仕方がない。 「休憩が終わったら、駅近の薬局です」 「うぇっ。あの怖いおじさんのとこかぁ」 「あなたがまともな言動で仕事をしていれば何も怖くありませんよ」  コーヒーを飲み干して、行きたくなさそうな晃の首根っこを掴むようにして歩き始めた。

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