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6-1 クラブ調査
いったんクラブに戻った鷲尾は、個人的に調べさせていた資料を工作員から受け取って会議室にこもった。
そこには、同い年でこのクラブのスタッフとしても苦楽を共にしてきた蓮見恭一 と柳義之 も同席している。
二人は煙草を吹かしながら、実に暇を持て余していた。
この前犯した男はどうだった、次はどういった趣向でいこう、品の欠片もないことばかりを駄弁っている姿は、コンビニ前にたむろする不良少年とそう変わらない。
物心つく前から彼らはずっと行動を共にしてきたのだった。蓮見と柳は合わないようでその実、最も付き合いやすい性格であった幼なじみ、漢の道を極めることを明確にした際、兄弟の盃を交わしたのも自然の成り行きだったようだ。
が、そんな彼らのまだまだ未熟な人生にも想定外の出来事は多くあるもので、常に危険は隣り合わせだ。
それでも自身の欲求のままに生きられているのは、どうにも運に好かれているからだろう。
黒瀧組でもごく一部の人間しかその組織、所在地を知らぬ地下クラブに関わってしまったことは、正しく彼らの人生において一番の想定外であった。
どうにも暴力組織に生きる人間の血を濃く受け継ぎ、幼い頃より悪戯の過ぎる悪ガキであった二人は、毎日のように深夜にどこかへ出かけていく六代目組長、つまり蓮見の祖父が何をしているのかを確かめるため、興味本位で移動に使う車に忍び込んだ。
そして辿り着いた先は、この世の地獄──いや、楽園のような場所。
組長が八代と元来親しかったことや、二人の中に眠る欲望を見出した八代の方針でなんとか穏便に済み、今もこうしてスタッフとしてもクラブに関わることで、彼らなりにクラブに貢献しているという訳だ。
二人が鷲尾と出会ったのは中学生に上がる頃。ちょうど鷲尾が八代の世話になることになり、このクラブを知った時期だ。
同い年であり、そして鷲尾が二人が抱いているような極めて残忍な加虐・凌辱趣味を持つこともあって、彼らが気の合う仲間と認識するようになることにそう時間はかからなかった。
「オレの知らねーとこでなかなか面白いことやってんじゃないっすか、鷲尾さん」
ピアスをした舌を出してニヤニヤと笑いながら、柳が言った。
飽きずに毎日のようにクラブの奴隷相手に暴虐の限りを繰り返しているというのに、まだまだ暴れ足りないような顔である。
しかしながら、鷲尾は内心、お前達には一切関係のないことだからな、とごちた。
クラブを介し、これまで共に育った幼なじみとも言える三人。
だが、鷲尾は彼らのことを友のように思ったことはこれまでで一度もなかった。ただ、使いやすいから利用していた。
今回の件だって、後々になってばれては面倒だから事前に話しておくことにしたまでである。
そうは言っても、彼らも鷲尾を心の底では信用していないようだから、互いに干渉しすぎない、ほど良い距離を築けているはずと鷲尾は思っている。
テーブルに肘をつき、こめかみを押さえた。正直、今日はこのまま不貞寝してしまいたい。
ただ、ターゲットの様子はきっちりこの目で観察し、熟知しておかねば。これはあくまで個人的な復讐であり、全面的にクラブを頼ることはできない。
できるとすれば、クラブが有益だと判断した時のみ。八代、神嶽、そして想悟のような明確な仕事内容でない以上、後払いなんてもってのほか。先払いで経費では落ちない額を積んだのであった。
「疲れた」
「珍しい。昼の仕事関係ですか?」
相も変わらずフラフラしている柳とは違って、組系列の企業で経理をやっている蓮見が言う。
「ああ」
そう、それがたった一言だろうが、誰しもが経験して理解できる感覚だろうが、人前で弱音を吐くのは本当に珍しい。
晃のせいで、本来効率良く運ぶ事柄が頓挫することがある。それも、結構な割合で。
完璧主義の気質がある鷲尾には、体力よりもそうした適当人間の相手をする方が精神をすり減らす。
柳も同じようなものだが、あちらは目的さえ合致すれば、自らは余計な真似をすることなく何でも言うことを聞く辺り、扱いやすいのである。
そう考えると、晃はまったくもって腹持ちならない野郎だ。
篠宮輝明は、ある意味では今の方が、クラブ会員であった頃のような荒れた生活からどうにか立ち直っており、晃はそんな父親の元で寂しい思いをしながらも、金に物を言わせて育った。
どうにも篠宮親子は、裏表のない人間らしい。普段から会社や私生活で見る様子とそう変わりはなかった。
それはそれで好都合であり、危険であるとも鷲尾は認識していた。難のない人間の方が、思わぬ行動を取りやすいものだ。
クラブの監視がある篠宮はまだ良いとしても、晃の方はいつも以上に慎重に、地を固める必要があると判断した。
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