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7-1 美波独白
大学を待たず、高校を卒業してからすぐこの世界に飛び込んだ美波薫雄は、これまでにそれなりの場数をこなしてきた。
それは警察学校はもちろん、交番勤務であった頃から、何事もコツコツと真面目に、一生懸命に向き合う、という思いが染み付いていたものだった。
しかし現場主義であることも災いしてか、出世にはあまり興味のない男だ。昇進試験を受けようと考えたことはあるが、チームを指揮する立場には自分はきっとなれない。
それより裏取りの一つでもしていたい。勉強よりも、今この瞬間起こっているかもしれない犯罪に対して、何か行動をしたい。なんて、聞く人が聞けば逃げと思われるような信念があった。
薫雄も考えの相違から、たまに上司や同期ながら上の階級の者に嫌味を言われたとて、高学歴のキャリア組など眼中になかった。
薫雄が刑事を目指したのは、子供の頃からの夢だったからだ。
初めはただ、テレビドラマやアニメを見て、ヒーローに憧れるそれと同じような感覚になった。子供がなりたい職業ランキングでも上位であるし、言うだけなら可愛らしいものではないだろうか。
さらに、人より小さな身体と気弱な性格というコンプレックスを払拭しようと、柔道をやっていたこともあり、あわよくば自分もそんな憧れのヒーローに近付けるのではないかと、幼心に思っていた。
けれど、幼き子供の夢が明確な将来の目標となった裏には、悲しい現実があった。
二歳上の、姉の舞が失踪した。それも、学校帰りの通学路で、自宅からあと五分と経たぬという地点で。
当時中学生だった薫雄にとって、舞は絶対的な存在だった。長女として両親の寵愛を受けていた彼女は、家では暴君のように横暴に振る舞う時もあったが、近所の悪ガキにいじめられていた薫雄をいつも助けてくれたのだって、少々男勝りな姉だった。
それでも料理が好きで、ちょっぴり失敗しては弟と共にまずいと笑い合ったり、休日は友人らと映画やショッピングに出掛けることが趣味という、実に年頃の女の子らしい面もあった。
舞はどこにでもいる、普通の女の子だった。
それなのに。
なぜ姉だけがこんな目に遭わなければならないのかと、薫雄は声が枯れるほど泣いて、深く絶望し、そして猛烈に怒り狂った。
そうして、そんな日に限って、些細なことで喧嘩をしてから学校に出掛けてしまったことを激しく後悔した。
家出などするはずもない彼女はすぐに捜索願を出されたが、有力な目撃証言もないことから、そう経たないうちに捜査は難航してしまった。
その結果、未だに姉は見つかっていない。生きているのか、死んでいるのかも、何一つわからないままだ。
本当にやりきれなかった。特に母は心労で具合も悪くしてしまった。
不幸中の幸いとも言うべきか、実家の愛犬、牡のダックスフンドであるチョコが母のささくれた心を癒してくれる存在ではあるが、いかんせん彼の寿命は人間より短い。
彼がいなくなった暁には、母は精神の安定を乱してしまうかもしれないし、そんな母を支える父だってどうなるかわからない状況だ。
最悪後追いなどされたら、何もかもお終いだ。家族が真実を知る機会が永久に閉ざされてしまう。
だからどうしてもその前に……そう、薫雄は決意した。
必ず刑事になって、いつか姉を見つけてやる。
例え、それが薫雄の知る姉の姿でなくとも。どれだけ酷い状態の遺体であっても。彼女という風化しそうな存在を、再びこの世にすくい上げてやりたかった。
今でも、仲の良い姉弟を見ると、薫雄は未だ見つからぬ姉を思い出して、胸が締め付けられた。
現在の姉と同い年くらいの女性が赤ん坊を抱いて、夫に優しげな笑みを向けている仲睦まじい家族を見ると、涙が滲んではスーツの裾で拭った。
薫雄が刑事になりたいとこぼした時、子供の夢と笑わずに応援してくれた姉だけは、幸せになってほしかった。
だから、そんな彼女のささやかな幸せを、日常を奪い去った何者かを、必ず突き止めて、真相を暴きたかった。
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