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 しかし同時に、その為ならばどんな手を使ってもいい、何でもしてやる、とも誓った。  幼少期に抱いていた正義を貫くクリーンな刑事像とは違う、上司の言うことも聞かずに単独行動を繰り返し、裏社会の人間をも頼るという汚職の道。  その良い取引相手となっていたのが、表向きは雑誌記者をしながら、情報屋のようなことも請け負う、元ヤクザの真鍋貴久だった。  彼からあらゆる犯罪の情報を貰う見返りに、薫雄も彼の望む捜査情報等を渡す。互いに利害の一致した関係である。  ばれれば一貫の終わりだった。けれど、“全ては事件解決の為に”という強い意志を持った薫雄には、腐敗した関係を断ち切るという選択肢はなかった。  そんな折、薫雄が当時から事件を担当していた山内刑事から聞いた、とある夫婦が殺害後バラバラに解体され、奇しくも一人息子が第一発見者となったという未解決事件。  一時期世を賑わせただけあって、あまりにも凄惨で、資料を読んでいるだけでも胸が切なく締め付けられ、そして加害者に強い憤りを覚えるものだった。  他の業務にもあたらなければいけない、ましてや迷宮入りと化したというのに、どうにもあの事件が気になって仕方がなかった。  目撃者はいない。物証もない。だが絶対に自殺では考えられない状況。  すなわち夫婦を殺害した犯人は、確実に息子が塾に行ってから帰るまでのたった数時間に家に侵入、二人を殺害、そして解体と残忍な犯行を実行したことになる。  素人にこんなことが可能なのだろうか? プロの仕業だという考えも過ぎりはするものの、ごく平凡に見える家族にわざわざそんなことをする異常者が近くにいたのだろうか?  だが何にせよ、絶対に許せない。何としてでも犯人を見つけ出して捕まえ、被害者遺族を安心させてやりたい。  どうにも姉が失踪した時と同じような感覚になり、それが薫雄の目前の願いとなった。  薫雄の心に一筋の光が見えたのは、唯一の生き残りである鷲尾怜仁に話を聞こうと初めて顔を合わせた時だ。彼を見た瞬間、薫雄は胸がどきりと高鳴った。  初めは、なんて格好良い人なのだろうと思った。それは同性ながらも、あまりに外見の整った者を見ると緊張してしまうことがあるが、何の話をしていてもつい彼の顔に視線がいってしまい──正に、恋に落ちる瞬間と似ていた。  それが恋心だったのかはわからないが、恋愛経験の乏しい薫雄は、性別など関係なく、これがきっと一目惚れというものなのだと認識した。  実際に鷲尾と会って、言葉を交わし、事件についてのやり取りを続ける内に、薫雄は「鷲尾怜仁の心の平穏を必ず取り戻してやりたい」という強い気持ちが芽生えた。  遺族に肩入れしすぎるのもどうかとは思ったが、あいにく感情的な部分が仇となって、刑事としてというより、人間として、男としての行き過ぎた願望が止まらない。  鷲尾の事件を解決することが、薫雄にとってはいつからか、姉の事件解決と同じくらいに大切なものとなっていた。  だからこそ、薫雄は鷲尾を追いかけ続けた。  鷲尾という男が、どこか不可解な点が多い人物であると、頭の隅ではわかっていても。  薫雄の人としての情が、彼の正体を見破る邪魔をした。

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