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11-1 ※鷲尾×真鍋

 鷲尾が渋々といった様子で要求を呑んだので、真鍋はしめたものだと思った。  それに、鷲尾の部屋は刑事である美波もまだ上がったことがないという。なかなか尻尾を掴ませない鷲尾でも、自分のテリトリーにならば秘密を隠しているかもしれない。  もしも何もなかったとしても、つまらなくはあるが、それは鷲尾の言う通りに彼が風俗狂いの低俗な青年ということがわかるだけだ。  しかし、余裕綽々の真鍋が絶句するのにあまり時間はかからなかった。 「……なんだ、こりゃあ?」  玄関を上がり、真っ先に殺風景な部屋に気付いた真鍋が片眉を跳ねさせる。 「ああ、気にしないでください。今の会社にどれほど居るかわからないですし、元々家具にもあまり興味がなくて。俺は物事を全て必要最低限で済ませたいんです」 「…………」  それにしてもただごとではない。だが、取材から新証言が出ればそれこそ大スクープになるという目先の報酬に目が眩んだのか、怖いもの見たさが勝ったのか。どこか嫌な気配を感じながらも、真鍋は帰ろうとはしなかった。 「適当に座ってください」  リビングに通されて、真鍋は改めて部屋をじろじろと見た。  一人暮らしの青年の部屋という部分を差し置いても、本当に人がなんとか住めるほどの家具しか置いておらず、生活感は全くと言っていいほどになかった。ここには寝に帰るだけというほど忙しい訳でもなさそうであるのにだ。  彼の言う通り、家具などに執着がないのか? 引っ越しでもするつもりなのか? それとも……。  いつか見たサイコホラー映画の殺人鬼が潔癖症で、今の鷲尾のような部屋に住んでいたという設定を思い出す。  人を上げたがらないというのは、もしかするとこの部屋のどこかに実際に遺体が眠っているからではないか。小綺麗で爽やかな印象さえ与える鷲尾だが、それは風呂場で殺人の痕跡を洗い流しているからではないか。ついそんな恐ろしいことばかり想像してしまう。  できるだけ仕事を早く済ませ、退散しよう。真偽はともかく証言さえ取れればもう彼に直接会う必要はない。  真鍋がそう頭を切り替えたところで、手洗いうがいを済ませ、スーツも着崩した鷲尾が二人分の茶を淹れて戻ってきた。  テーブルの上に置いた真鍋のノートパソコンとボイスレコーダーも準備万端だ。鷲尾は真鍋と向かい合わせになるように座った。  かくして、両人の思惑が交錯する取材が始まった。 「そんじゃ……一応、会話は録音させてもらいますね」 「はい」  鷲尾の了承が得られると、真鍋がボイスレコーダーを操作し、ランプが赤に変わる。  真鍋はノートパソコンに手を置きながら、鷲尾に向き直った。いつものようなニヤニヤと人を小馬鹿にしたものではない、ずいぶん真面目な顔つきだった。  この人は、こんな顔もできたのか。こうして今までも数多の人を騙して来たのだろう……真鍋の二面性には、鷲尾も素直に感心してしまった。 「警察にも何度も話したことで悪いとは思いますが……まず初めに、事件当日のあなたの行動について……」  二時間ほどが経過した。 「ふぅん……なかなか苦労してきたんですね。ま、あまりご心配はせずに。俺が責任持って良い記事を書いてみせますよ」 「そうですか、それは何よりです。事件を風化させない為にも……どうかよろしくお願いしますね」  真鍋へ事件の詳細を語り尽くした鷲尾は、可哀想な被害者遺族を装って深々と頭を下げる。  真鍋の表情も仕事モードから解放されて、またいつもの好色な中年親父に戻りつつあった。だからこそ、隙ができたのかもしれない。  取材中はずっと口をつけていなかった茶だが、喉の渇きには逆らえず、一気に飲み干したのである。  それを見てくすりと笑い、遂に鷲尾も動き出した。 「あん? 何を笑ってるんだ、鷲尾さ……ん……あ、れ……」 「いいえ、別に。あなたが次に目が覚めた時が楽しみだなと思って……」 「なん、だ、そりゃ……テメェ、まさか……」  真鍋は急激にやってきた眠気と脱力感を不審に思いながらも、あっという間に意識を飛ばしていった。  伸びた真鍋を、鷲尾はまず片足で軽く蹴飛ばしてみる。一向に起きる気配はなく、さっき茶に混ぜた睡眠薬の効果を実感した。  真鍋はとても大柄で、さすがの鷲尾でも一人で対処するには少々面倒くさいのだ。だから彼が寝ている間に細工をする必要があった。  彼の服を全て脱がした後、両手両足をガムテープで拘束し、くの字になるよう横たえる。  そうしてから、鷲尾は一度キッチンへ行き、ラベルのないウイスキーボトルを棚から取り出して真鍋の隣に胡座をかいて座った。しばらく寝息を立てる真鍋を観察していた。  筋肉質ではあるが、年相応に腹は出ていて、服を着ているぶんにはわからなかったのだが、男性ホルモンの塊とも言うほどやたら毛深い。特に胸からヘソ、そして性器まで繋がった剛毛部分は熊のようだ。  性器は大きく逞しく、萎えた状態でも完全に顔を出している亀頭はくすんだ色をしていて、ずいぶん使い込んでいることが伺える。年の割には立派な逸物と言えよう。  ここに来る前に一服していたのか、普段から染み付いているものか、煙草の臭いが嫌でも鼻をついた。  意識を飛ばしている真鍋は、実に呑気なものだった。  自分を小生意気な青年だと内心馬鹿にしているのだろうが、それはこちらの台詞だ。無駄に年を食っただけのチンピラ風情が。  美波とつるんだこと、あの事件に興味を持ってしまったこと、今夜現れたこと、生まれてきたことすら。せいぜい後悔するといい。

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