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12-3 ※鷲尾×真鍋、暴力
真鍋はどんどん鷲尾という人間がわからなくなる。
仕事柄、美波のような警察官や、やくざものとのいざこざも、上手く回避してきた。なのにこんな年下の男一人、手中に収められない。
だがそれは決して真鍋の力が弱いからではない。今まで出会ってきた人間の中で、鷲尾だけが圧倒的におかしいのだ。
情になびくこともなく、目先の欲に釣られることもなく、実に飄々としている。
世の物事、特に命を全て軽んじて生きているかのごとく。
何故? どうして自分がこんな目に? なんて考えてしまっては、答えは自ずと出た。
鷲尾は人の皮を被った怪物だ。それしか言いようがない。
「クソッ……」
とにかくこの異常事態を美波に伝えなくては……と何度も何度も考える。でもどうやって。
一つ目のミスは、乱暴されたことを美波にも言わなかった、いやプライドが邪魔をして言えなかった。
二つ目のミスは、一人でとっとと息の根を止め、証拠を奪い返してやればいいと高を括り、誰にも相談せずにここに来た。
三つ目にして、全ての元凶は、美波に依頼されたからとて鷲尾なんかに接触したこと。
「がっ……! ぁあ、ぐっ……!」
ぼんやりと思考していたので、鷲尾が真鍋の顔に拳を振り下ろした。
「あなたが何を考えているかはわかりません……まあ、大方予想はつきますが。でも今はこっちに集中してくれないとねぇ、ほら、もう締まりが悪くなってますよ。真鍋さん!」
次は競走馬にするように尻たぶを手のひらで叩く。その衝撃に真鍋は両足を瀕死の虫のようにバタつかせた。
「……おほっ、締まる締まる。これですよ。もっとして、俺の機嫌を取ってくださいよ……俺、これでもあなたにかなりムカついてるんですから」
鷲尾の声音が低くなる。すぐ嬉しがったり怒ったり、まるで子供のような側面さえ見せる鷲尾。
真鍋も体力気力の問題もあり、クソ、と何度も悪態をつきながらも、
「勝手にしろ……テメェが満足するのと俺が伸びるの、どっちが早いか勝負してやろうじゃねぇか」
と、遂に音を上げた。
真鍋は終始激痛しか感じず、鷲尾は甘美な悦楽を貪る、自己中心的な時間が始まった。
言ったもの勝ちというのはずるいが、真鍋はどんなに酷く犯しても失神しなかった。かえってできた方が楽だったかもしれない。そこは素直に褒め称えるべきだ。
鷲尾は簡易的だが、真鍋の包丁で刺した手の治療を行った。傷口を放置して悪化しても知ったことではないが、もう少しの間くらいはこのままの姿でいてほしい。
治療中、真鍋はひたすらしかめっ面で俯いていた。鷲尾はその間、彼と美波との関係を認めさせる為の尋問をすることにした。
「あなたを俺に接触させたのって、美波さんですよね」
「……誰だそれ」
「知りませんか? 恵原署強行犯係の美波薫雄巡査。いわゆる刑事さん」
「知らないね。俺らの業界じゃ刑事なんざ煩わしくてたまったもんじゃない」
「本当にそうですか? では何故あなたの私物からこんなものが出てくるんでしょう」
顔を上げた真鍋の目の前には、真鍋の名刺入れから拝借した名刺があった。
「何かと思えば……ただの名刺じゃねぇか。どっかで会った時に交換したんだろ。この街はお世辞にも治安が良いとは言えない、だから刑事だって多い。そんなの一人一人覚えてねぇよ」
「それは重々承知です。大事なのは……この裏」
名刺の裏に、美波の筆跡で私用の携帯番号が書いてあった。鷲尾にも教えてくれた番号と一致しているので、今でもやり取りしていることは明白だ。
「あなたはあの人数の警察官一人一人と密接なお付き合いがあるのですか? それは大変ですねぇ。でも俺の事件を調査したいなら、まず退職された山内元刑事のことを話すべきでしたね。美波さんが俺と接触して来たのはごく最近。警察関係者ならまだしも、あなたのような方が俺を知っているはずがありません」
畳み掛けてやると、真鍋は気まずそうに、
「シゲ……」
小声だったが確かに聞こえた。すると真鍋は一瞬、しまったという顔をした。
「シゲ? ああ、薫雄さんだからシゲ、か。いい年こいて友達みたいな呼び方してるんだ! ははは! じゃあ向こうは? 貴久さんならタカさん、かな?」
馬鹿にするような口調に、真鍋は唇を噛み締めている。
「うぐ……シゲは……関係ない。俺の独断でネタになりそうな案件を決めた」
「それが偶然俺だったと」
「ああ」
「ふぅ~ん」
無論信じてなどいない。真鍋もそれは鷲尾の態度でわかっているだろう。
あっさり売ると思っていたのに、案外口は堅い男のようだ。まあ、別に本人が口を割ろうが割るまいがどうでもいい。その時は美波も同じ質問をして反応を伺おう。
しかしとりあえずは、彼らが愛称で呼ぶ仲であることはわかった。それだけで十分だ。
傷の手当てが終わると、真鍋の手足を枷で拘束し、自由を奪った。
「なっ!? これ以上何しやがる、テメェッ……!」
「もう忘れたんですか? 次はない……そう言ったはずですが。せっかくのチャンスをふいにしたのはあなたの方なのに」
「まさ、か……俺をここに監禁しようってのかよ」
「監禁だけで済むと良いですねぇ。せいぜいここがあなたの墓場にならないよう祈っていますよ」
そうしてせせら笑ってやった。
真鍋は鷲尾を殺そうとした。なら、次は自分の番ではないのか。そんな想像はさすがの真鍋もできる。
ならば、待ち受けているのは助けも来るかどうかわからない地獄の日々だ。
鷲尾は有言実行の男。それをその身で痛感している真鍋は、ぐぅ……と悔しそうに呻いたまま、言葉を発しなくなってしまった。
彼なりにいろいろと後悔や今後の生活を考えているのだろうが、まあ、こんな状況に置かれては今夜は眠れないだろう。
そんな真鍋を後にして、鷲尾は一日の終わりを締めくくる行動を全て終えてから、ベッドに入った。
特に一人でも二人でも変わらない睡眠の質だった。
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