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14-1 晃独白

 篠宮晃が社員食堂で昼食にしようとしていると、よく見慣れた同僚を見つけた。  向こうもこちらの訪問に気付いたのか目が合ったので、片手を振りつつ笑みを撒いた。 「怜仁くん。一緒に食べよう!」  晃は嬉々として一足先に昼食を摂っていた鷲尾の隣の席へとやって来た。  晃にとって鷲尾怜仁という男は、この年になって初めてできたかけがえのない親友と呼べる人間と思っているが、クールな鷲尾の表情は何を言いたいのかさっぱりわからない。しかしだからと言ってそれをあまり気にしないのも晃の個性であった。  晃が社長の愛息子と知っている人間は、みな彼の……というより、社長の機嫌を取ろうと必死になる。  初めから晃のことは眼中にないし、晃がこの性格だから、よっぽど相性が良い人間でなければ友人関係など成り立たないだろう。  鷲尾はその芸人で言うボケとツッコミのような“相性の良い人間”を演じているから、晃にとっては二十六年間の中で最高に性格の合う人間だと勝手に認定されてしまった。  隣の席に座っても、鷲尾はやや距離を取りたそうな感じだったのだが、そこは晃の方から窮屈なほど近付いていった。  晃が鞄からこれ見よがしに取り出したのは美鈴お手製の愛妻弁当だ。 「篠宮さんは奥様からの愛妻弁当ですか」 「羨ましいでしょ」 「いえ別に……」 「二十六歳の健全な独身男が愛妻弁当を見て羨ましくない訳がない!」 「……はいはい羨ましいですよこれでいいですか」 「だよねだよね、まあ誰にもあげないけどね!」  誰も取らないというのに嫌味ったらしく言ってから、晃は弁当をかっ食らっていく。  「なんて馬鹿なのだ……」そう隠し切れない感情が顔に出てしまいながらも、鷲尾もカレーライスを頬張る。  かと思えば、晃の視線はじぃっと鷲尾の手元に向かう。 「なんですか」 「……いや、その、やっぱりそっちも食べたくなっちゃって……」 「はぁ? あなたにはお弁当があるんじゃなかったんですか」 「人間なんだから見てたら食べたくなることの一つや二つあるでしょー! ね、一口でいいから!」 「あげませんよ。欲しければご自分の分を買ってきてください」 「怜仁くんのケチ!」  膨れっ面で言うと、晃は勝手にスプーンを取り上げて一口放り込んだ。 「ゲッこれかなり辛い」  子供舌には数々の香辛料もただただ辛いだけだった。晃は犬のようにハヒハヒと舌を出して辛さを発散しようとしていたが、やがて耐え切れなくなってこれまた鷲尾の口のつけたコップの水を一気飲みした。 「……あのね篠宮さん。俺の食事の邪魔をしたいなら帰っていただけませんか」 「ちょ、待って。ご、ごめんって。大人しく食べるから傍に居させてよ」  しょんぼりとして晃が肩を落とす。晃の頭の弱さはいつものことだが、それにしても。今日はいささか空元気だった。  いち早く気付くのは、鷲尾が晃を常に監視している証拠であるのかもしれない。 「何かあったんですか。元気がないように見えますが」  さすがの鷲尾も聞かざるを得なかった。 「昨日、ママの命日だったんだ。昨日はずっと彼女のことを考えていたよ。だから……なんだかそのカレーを見てたら、ママが作ってくれた時のことを思い出しちゃって。ママはすごく料理上手でさ、いつも僕の為に美味しいご飯を作ってくれていたんだ」 「……何ですか急に。あなたらしくもない」 「だ、だよね……でも」  いつも笑顔を絶やさない晃の表情が少々曇った。 「もっと僕らしくない話、聞いてもらってもいいかな? ……怜仁くんには、僕のこと、もっと知っておいてもらいたいんだ。だって僕達、親友、だもんね!」  晃の方から話しかけられることといえば、他愛ない話題ばかりだ。彼を知る良い機会だと、鷲尾は頷いた。 「ふっと考える時があるんだ。もしも今頃ママが生きていたらって。僕の結婚も喜んでくれたかな……」

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