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15-1 ※鷲尾×晃、脅迫、不倫

 こう人を待っている時間が苦痛でたまらなかったことは今までにあっただろうか。  昼の晃との話をずっと考えていた。彼も親を亡くした過去があることは知っているし、先の会話でも垣間見ることができた。  しかしなんだ? 知らないからこそ言えることだと思うが、妻が死んで篠宮が一番寂しがっているだと?  その憂さを晴らすために、クラブで酒池肉林に耽った篠宮は、両親までわざわざ見世物のように殺すよう依頼したのか。やはり悪魔のような男ではないのか。晃が知れば卒倒するような所業だ。  鷲尾と晃以外の社員が退社するのを待ってから、仕事疲れで半ばぐったりしている晃に歩み寄った。それをいつもの労いと思っているのか、晃はのほほんと「今日もお疲れ様」だなんてのたまっている。 「篠宮さん。俺も話があるって言いましたよね」  口調の節々に苛つきを見せながらも、鷲尾が晃のデスクに出したのは、奇しくも現在凌辱中の真鍋が記事を載せている週刊誌だった。 『夫婦バラバラ殺人 プロの犯行か!? 真相は藪の中』  当時少年だった鷲尾の名は伏せられているが、世間を賑わせたことのある事件であることは誰が見ても明らかな低俗な見出し。 「その事件、ご存知で?」 「夫婦バラバラ殺じ……ああ嫌だなぁ。物騒な事件もあるね、ってパパと話したことは覚えてるよ。でも、これがどうかしたの?」  鮮烈な内容に平和主義者である晃は嫌悪感を抱きつつも、何のことかと目をぱちくりとさせる。 「どうもこうも、ここに載っている被害者夫婦は俺の両親のことです。そして二人を殺したのは……あなたの父親。篠宮輝明社長なんですよ」 「え……? どういう……こと?」  晃を凌辱する為に一つ。鷲尾はクラブの実行犯ではなく、篠宮輝明一人の犯行である、彼は狂気の殺人者だと仕立て上げた。その方が、父を敬愛する晃を脅迫するのに都合が良いからだ。 「い、意味わかんないよっ……パパが殺人? しかも怜仁くんのパパとママを? どうしてそんなことが……し、信じられない……」 「もちろん証拠もあります」  狼狽える晃の顔の前にUSBメモリをかざしてやった。 「俺がこれを警察に持ち込めば社長は破滅する。もちろん、あなたが社長に真相を聞こうとしても、俺はその時点で世間に証拠をばら撒きます。この煌成堂のトップは凄惨な殺人者だとね」  無論フェイクアイテムではあるが、晃がそれを奪い取ってでも父の罪をなかったことにしようとは思うまい。  しばらく観察していても、晃はその楽観的な脳みそでもってフルに最悪の状況を考えているのか、戦々恐々とするばかりだ。信じられないとは言葉で言いつつも、もはや父は殺人者だと信じ込んでしまっている。  それが何を隠そう、“親友”である鷲尾の言うことだからだ。 「ほ、本当……なのかい……? 僕のパパが君の……あ、あぁ……」  晃の顔はだんだん蒼白となっていく。そうと決まれば罪の意識でも芽生えたのだろうか? ずいぶん安っぽい意識だ。 「俺もこの会社でようやく上手くやれているんです。できればこの生活を壊したくはありません。でも、社長だけは許したくない……だから、交換条件を出しましょう」 「へ……?」 「俺は、社長の秘密の一切を他言無用にします。その代わり……」  鷲尾は動揺を隠せない晃に、キスでもするかのように顔を近付けた。 「あなた、俺の性奴隷になってください」 「ど、れ、い……?」 「そうです、性奴隷です。言わば俺の好きな時間、場所で、あなたなんかの意思などお構いなしにセックスの相手をさせるということですよ。わかりますか、ほーらセックスセックス」  瞬く間に晃の顔が紅潮したので、鷲尾は口元をニンマリと吊り上げて煽り立てた。 「で……でもっ! そんなこと、許されるはずない……怜仁くん、君は僕のパパに復讐がしたいってことなんだろう? だったら、僕からパパに言って公平な裁きを受けてもらうよう、努力するよ!」 「ハッ……本当に良いんですか、それで? お可哀想な母親の次は、父親を失うことになるんですよ? しかも今はあなただけじゃない。何より大切な奥様がいらっしゃるではありませんか。守るべき存在もいながら、今度は孤独と批難に耐えられますか? 自分は絶対に大丈夫だと、神に誓って言えますか」 「そっ……それ、は」  珍しく晃が口を噤んだ。再度家族という愛情を注ぐべき者を持ってしまった彼は、どうしてもそれを引き裂くかもしれない危機には弱すぎる。 「家族を守りたければ、俺の前に跪いて誓いなさい。『奴隷になります』とね」  混乱の境地にいる晃は、ひとまずよろよろと床に両膝をついた。 「怜仁くん……僕は……僕達は、親友、だよね……?」  それ以上でもそれ以下でもないはずだった。晃にとって鷲尾は、どんなことも言い合える対等な関係であったはずだ。  鷲尾はそのお気楽な台詞を鼻で笑い飛ばした。 「親友だなんて思ったこと、一度もないですよ。お前は奴隷。会社でもお荷物のドジで間抜けで俺の足元にも及ばない人間のクズだ」  晃はブルブルと身体を震わせた。ここまで言い連ねれば晃も激怒するのではないか。そんな感情の揺らぎを待っていた鷲尾だったが──。 「……そう。……そう、だったんだね。全部、僕の勘違いか……はは……いつもそうなんだ」  友人離れも今に始まったことではないからか、大したダメージにはなっていないのか。しかし、そう言う晃の目には早くも涙が溜まっている。  今までの友人離れも気にしないのではなく、その全てを受け止めて、好きなだけ嘆き悲しんで、立ち直ってきたのか。  だがそれなら、鷲尾に痛めつけられてもすぐに考えを改める瞬間があるはずだ。立ち直る隙も与えない凌辱地獄に堕ちるがいい。それにはまず、誓いが必要だ。 「さあ……篠宮さん。誓って。俺に絶対服従と」 「怜仁くんに……絶対……服従……」  悪魔の囁きのように頭を徐々に下げていく晃が、ハッと思い出したように顔を上げた。 「その代わりっ! 美鈴には……パパには何もしないでっ! 償いが必要だって言うなら、一生をかけてだって償うつもりだから……だからっ!」  晃の必死の懇願に、鷲尾は微笑で答えた。イエスともノーとも取れるが、その本心は鷲尾にしかわからない。  しかし晃はそれをイエスと受け取って、今度は腹を括ったか深々と武士のように頭を下げて土下座の体勢になった。 「契約成立」  満足げな鷲尾がニッと口端を吊り上げた。深夜とはいえここが公共の場でなければ、その無様な頭を踏みつけて、高らかに笑い出したかった。 「では頭を上げてください。早速命令を出しましょうじゃありませんか」  それを聞いて、晃がおずおずと頭を上げて鷲尾を見る。  鷲尾は直前まで晃が座っていた椅子に踏ん反り返っていた。そして足元に跪く晃をニコニコと悪びれない子供のような笑みで見下ろしている。晃は背中にゾッと肌寒さを感じた。  鷲尾はそのまま笑みを絶やさずに、スラックスのジッパーを下げてペニスを取り出してみせた。 「うわっ、ちょっと、何して……!?」 「逃げるな篠宮晃。……あなた今誓ったばかりではないですか、俺の性奴隷になると。なら、フェラチオくらいはしてもらわないと。言葉だけでは何とでも言えますからね、俺に服従するっていう決意を、その身で証明するんです」

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