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18-3 ※鷲尾×美波、甘々

 どんなに歯の浮くような台詞を吐いたところで、美波はきっと納得しない。  表面上は喜んでも、本心はいかほどか、どうでもいいところで頭を悩ませる。  彼はそんな男だ。  お偉いさんの顔を伺う上司と屑の罪人に挟まれた仕事に対しては非情になれても、私生活では人並みの幸福を願う、優柔不断な、普通の人間。  普通。平凡。凡人。だけれど美波は鷲尾にとって、そんな言葉では済ませられない存在だ。  本当にただのお気楽刑事なら、こんなにも長く泳がせたりしない。とっくのとうに元上司の山内のように、この世から抹殺している。  せいぜい壊れるまで遊んでやるだけの玩具だ。  美波のパジャマ代わりの部屋着をずり上げ、ピンク色に染まった突起を指で捏ねくり回す。 「ひ、ッあ……! ちょ……そこはっ、鷲尾さんっ」  反応が良いことを狙って、鷲尾は勃起した乳首を舌で舐め回した。  先端から乳輪の粒までを巻き込むように口に含んで、赤子のようにチュウチュウと強く吸う。 「あぁっ、か、はっ……だめ、それだめぇっ……鷲尾さ……上も下もそんなにされたら、俺っ……すぐ、イッちゃいまふからあぁっ……ッ!」  いやいやをするように首を横に振る美波は、寒い時期だと言うのにじっとり汗をかいていた。 「あぁあッ……! く、は! もっ、駄目……いく……イクイクイクぅっ!」  乳首を吸いながら我慢汁まみれのペニスを扱き倒してやると、片手で鷲尾の肩に抱き付いて、嗚咽するように喘ぎを絞り出しながら美波は吐精した。 「……美波さん。もっと、していいですか?」  汗が滲んだ首筋を甘噛みしながら言う。  美波は射精の疲労はあるが、彼もまたこれ以上の快感を刻まれた身としては、どうしても己の欲求には逆らえない。やがて首を縦に振った。  仰向けになった美波は下着を全て脱いだ形で尻を鷲尾に差し出し、鷲尾も服を脱いでから上に乗る。  美波はすっかり肛門性交も慣れたもので、挿入の際に少し力むくらいで、後は鷲尾の怒張を何なく受け入れた。  腰を激しく動かすたび、ベッドのスプリングがギシギシ軋む。 「っは、はぁっ……! 鷲尾さ、音っ……!」 「でも激しくした方が、気持ち良いでしょう?」 「それは……でも……俺は、鷲尾さんが気持ち良くなってくれたら、それで……」 「俺は美波さんの感じてる顔を見た方が早くイケそうですよ」 「そん、なっ……恥ずかしいこと、言わないでください……んんっ!」  手の甲で声を殺していた美波だが、じっと鷲尾に表情を見下ろされているとわかるや否や、鷲尾の背中に両手を回した。両脚まで無意識だろうががっちりと離さないようにしている。  本当のところは、美波の情事中の反応なんて別にどうでもいい。ただ、顔が見えづらくなったので、鷲尾も思うままに腰を振る。  鷲尾の肩に顔を埋めた美波は、その律動にもはや喘ぐのを抑えきれずにいる。 「ぁんっ……! このチンポ、好きぃ……気持ち、いいっ……! 鷲尾さん、もっとして、鷲尾さんっ」 「そんなに俺がいい?」 「は……はいっ! もちろん……あなた以外とこんなことしません……もう考えもしたくない……!」 「そう……ずいぶん淫乱に磨きがかかりましたね。でもそういうところ、可愛いですよ、美波さん」  そう言って額にキスを落とす。  少し褒めただけであるのに、美波はそれはそれは嬉しそうにきつく抱き締めてきた。童顔を今にも泣きそうに歪ませて、うん、うんと首を縦に振る。  遠回しだが、鷲尾なりの愛情表現だろうと感極まっているようだ。  そんなつもりは一切なく、鷲尾としては面倒臭ささえ感じながら機械的なピストンを続ける他ない。  美波をさらに陶酔させるために、美波の耳をねっとりと舐め、甘噛みしながら悪魔のように囁く。 「俺の為に頑張ってくれる美波さんはすごく頼もしいです」 「えっ……ぁ、そ、そんなっ……」 「両親のいないクズで汚れた俺なんかを全て受け止めてくれるのはあなただけ」 「ううんっ……鷲尾さんは、クズなんかじゃ、ないっ……」 「感謝してもしきれない……早く正式に一緒に住みたいな」 「うんっ……俺もっ……」  それでもなお、「好き」「愛してる」なんて言葉は絶対に使わない。相手が勝手な解釈をしてくれるのを待つ。  あとは、こうして優しさと厳しさを両立させてやると良い。特に性行為については。  SMなんてものを超えて、結婚詐欺とか、ドメスティックバイオレンスによる依存関係の典型だ。 「ふふっ……鷲尾さんて、しっかりして見えるのに、やっぱり不思議と放っておけない人、ですよね。俺で良かったらたくさん甘えてください。……それで少しでもあなたが癒されるのなら、俺も……幸せだから」  美波は余裕ありげに再び顔を出した。鷲尾の髪を、頬を撫で、自ら口付ける。  美波はキスが好きだった。何度も何度も交わしては、赤面して小さく笑う。とても慈悲深いそれだった。  鷲尾も付き合ってやるが、お前は何様だとすら考えていた。こちらがあえて弱味を見せれば、馬鹿正直に乗っかってきて。親しくもないのに全てわかった口を利く。  どれだけ相手が怪しくても、騙される側になりたくないから、何もない風を装う。  ましてや警察官なのだから、真鍋はともかく重大犯罪者に操られることなどあり得ないとすら思っているかもしれない。  結局、美波は鷲尾のことは一つも考えていない。  何なら、姉のことだって。それを理由にすれば誰もが同情してくれる。素晴らしい夢を持ち、見事に叶えたと思ってもらえる。  入り口こそ崇高な志だったかもしれないが、今では鷲尾と同様、上手い口実にしか過ぎない。自己保身に塗れた哀れな哀れな男。  この関係を結んだ以上もう手遅れなのだと、いつ気付くだろうか。  この口で言ってやるまで気付かないだろうか。そもそも、そう簡単に信用するかどうか。  それなら、とびっきりのサプライズを用意しておかなくては。  淡々と嘘を吐き続けながら、鷲尾は美波と長い夜に“愛”を深めていった。 「……ちょっとは、慰めになりました?」 「うん。でも、良かった。俺も今夜は単に美波さんとヤりたかったし」 「なんですかそれ! もう! ……で、結局鷲尾さんの悩みって何だったんですか?」  ぷくっと膨れっ面で枕を投げてきた美波に、鷲尾は穏やかに笑いながら、 「真鍋貴久っていう記者に、俺の事件のことでしつこく付け回されているんです」  目的の人物の名を告げた。瞬間、美波の身が凍りついた。 「それがどうも胡散臭くてね……美波さん、何か知りませんか?」 「…………い、いえ。仕事上仕方ないとは言え、結構いるんですよね、そういう風に被害者遺族の傷口に塩を塗るようなはた迷惑な人……」  一瞬。本当に一瞬だったが、美波の目は泳いでいた。  何の情報もなければ、誰かわからない、で済む話だ。つまり美波は真鍋を知っている。それも深く。  そして……真鍋が鷲尾と接触したことについても。ここのところ連絡が取れないことも、既に嫌な予感くらいはしているやもしれない。  これでも俺が好き?  なら重症だ。

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