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「……タカさんてば、おかしいな」  真鍋の携帯に数回電話をかけ終わったところで、うんともすんとも言わない彼に美波は携帯の液晶画面を見つめ小首を傾げた。  情報屋としての顔も持つ真鍋とは、毎日頻繁に連絡を取り合っている。  しかし近頃は、どの時間帯を選んでも一向に出る様子がない。電源を切っているか、圏外の場所にいるらしいのだ。  初めはこちらからの着信があればいずれ向こうから折り返してくるだろうと思っていたが、いつまで経っても反応は皆無だ。気付けば履歴が真鍋の名で埋まっていた。  真鍋との付き合いはかれこれ数年になる。相手は胡散臭い元ヤクザではあるが、美波は美波なりに彼の試すような言動には徹底して無視を決め込んだり、刑事として完全に手のひらの上で躍らされることはないようにと気を引き締めて取り引きを行ってきた。  真鍋もそんな美波を頭の固い刑事とはどこか違う風に思っているらしく、二人はすっかり気心の知れた探偵コンビのようになっていた。  だが、どうも変だ。真鍋と連絡が取れなくなったのは、ここ数週間の出来事である。  見た目によらずマメな男である真鍋が連絡を返してこないのはまずありえない。  履歴を遡っていて、ある男の名前が見えたところで手が止まる。 「鷲尾……さん」  鷲尾怜仁。非の打ち所がない被害者遺族だと思っていた。  身体の関係を結んでからは、恋人のように大切な感情を抱いた。  どこか放っておけない印象の好青年だと思っていた──が。  真鍋にも身辺調査を協力させて、鷲尾とコンタクトをとらせたのは美波だ。そんな折、真鍋は突然連絡がつかなくなった。  これは本当にただの偶然なのだろうか? にわかには信じがたいが、真鍋は何か事件に巻き込まれたのではないだろうか?  ずっと年上で、過去にも様々な修羅場を掻い潜ってきたという真鍋なら、どんなことがあっても必ず生きて帰るだろう、だから大丈夫だろうと考えていたのは、完全なる慢心ではないのか。  今回の勘だけは外れていてくれ……そう祈りながら、かすかに震える手で鷲尾の番号にコールする。  すると、真鍋の時とは違い、鷲尾は不気味なほどすんなりと繋がった。 「あ……鷲尾さん。今、お時間大丈夫ですか?」 『ええ。でも、どうしたんですか急に』 「え? いや、その……人恋しい日もあるかなって……思っちゃって」 『俺に傍にいてほしいんですね。素直にそう言えば良いものを』 「……ってことは、もしかして、鷲尾さんも今、お暇だったんですか?」 『ええ、実は俺も休みなのに何もすることがなくて。それで、どこに行けばいいですか? せっかくなのであなたの部屋でも良いですよ』 「えぇっ!? 俺の部屋……ですか? ああええと、今日は掃除サボっちゃってますけど……そ、そうですね、鷲尾さんがそう言ってくれるなら……」  電話口の鷲尾は普段と変わらず優しげなよく通る声音で、美波は余計に鷲尾がわからなくなった。  鷲尾のことを、彼の事件についても果たして本当に何か知らないかとずっと疑っている。  そして今は、真鍋の所在について彼が関係しているのではないかと、頭の中で警鐘を鳴らしている。  けれど疑いたくない。鷲尾はそんな人間じゃない。  だからこそ、会って話をすれば全てわかるはずだ。  今までだって機会は何度もあったのに、目先の情けに惑わされて答えを先延ばしにしてしまったなど警察官として、いや人として迂闊だった。 「ングググッ! あぇおぉっ……! ほげぇっ……!」  電話を切って鷲尾はわなわなと震える真鍋に携帯画面の履歴を見せつけた。  どうやら猿轡越しに「鷲尾、テメェ」と喚いているらしい。 「あなたの相棒の犬、本当に煩わしいですね。あなたの携帯、とっくにぶっ壊しておいて良かったな」  口にタオルを詰めてから貼っていたガムテープを一気に剥がす。多少髭が抜けて痛がっているが、特に気にしない。  『声を出したら殺す』そんなシンプルな走り書きと共に、真鍋が持ち込んだ包丁やら散々に脅した銃やらを目の前に置いておいたのだ。  真鍋の抵抗を少しでもかき消す為の工作であり、きっちりと片付けて外出の支度をした。 「じゃ、そういう訳でちょっと出掛けてきますね、真鍋さん」 「お、おい待て! テメェ、シゲには俺みたいな目には遭わせないって言ったよな!? 約束が違うぞ!」  鷲尾は振り返って、「そうは言ったけど、もっと酷いことはしてあげようと思っていたから」なんてうそぶいてみせた。

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