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20-3 ※鷲尾×美波
「鷲尾怜仁さん、俺は今の話を自白とみなして緊急逮捕します」
美波の声は、普段の明るさが嘘のように怒りに染まっていた。
鷲尾に情けをかけ、心酔までしたあどけない顔立ちの男ではなく、凶悪犯罪者と対峙した敏腕刑事の顔になっている。
むしろ、これが仕事での本来の美波の姿だ。
「完全黙秘すると言っても?」
「絶対に吐かせてやる」
「なるほどね……あなた方のそのズレた正義感があるから、日々冤罪が生み出される訳だ」
確かに今の美波の態度は横暴で、疑わしきは全て罰してしまうような、おおよそ刑事には相応しくない判断力だ。
けれど、実際に罪を犯している鷲尾がのたまうものだから、頭に血が上り、鬼の形相で奥歯をギリギリ噛み締めている。
「フッ……ちょっとした冗談ですよ。それであなたは、俺にされてきたことを署で徹底的に、あげく法廷でも話すんですか」
「恥を承知で、洗いざらい全部話します。罪を犯した人間は誰であれ法に乗っ取って公平な裁きを受けるべき……それが俺の考えです」
「あなたが真鍋さんのような人間と付き合っていることも、いずればれますよ」
「構いません。刑事の身でありながら犯罪者の手を借りることを選んだのも、全て俺の責任ですから」
美波は怯まず言った。
だが、そうは言っても、現在の警視総監はクラブのVIP会員だ。例えしょっ引かれようが、すぐに誤認逮捕で娑婆に出られるだろう。
むしろ、こちらがストーカー被害に遭っただとか、証拠がない以上は自白を強要されただとか、そんな風にでっち上げて美波を社会的に抹殺することも容易だ。
だからこそ鷲尾も今まで好き放題しておきながら前科などついていない訳だが、どうも今の美波はそんな上の圧力など考える余地もないようだ。
どちらかと言えば美波の方が汚職刑事として危ない地位にいるというのに。
「タカさんを監禁しているのが事実なら……それも早く助けないと。俺は彼を見捨てない。余罪についても署でみっちり絞りますから、覚悟しておいてください」
「おお、怖」
例え二人の罪が暴かれようが人命優先。中途半端な正義だが、それも美波らしいと言えよう。
「手荒な真似はしたくありません。大人しく両手をこちらに」
逃げたり暴れようとしたところで、美波は柔道経験者でもある訳だし、逮捕術に長けている。
とはいえ、鷲尾も格闘しようと思えば護身術くらいはできなくもないが、こんな狭い部屋の中、あまり大きな物音がすれば近隣住民に不審がられてしまう。
鷲尾は彼の指示に従い、両手に手錠をかけられた。初めから逃げる気はなかったので、美波のされるがままにしていた。
「では行きましょうか……鷲尾さん。こんなことになって……俺……本当に残念です」
「……ええ、俺もですよ」
そろそろかな……と考えながら、鷲尾は至って平静を保っていた。とてもこれから連行される犯罪者とは思えないほどに。
以前に美波の家に行った際に仕込んだ盗聴器で一連の会話を、外で待機させていた連中に聴かせている。
「突入しろ」
それが──地下クラブへの合図だ。
美波が玄関に近付くと、配送業者に扮したスタッフ達が、一気に部屋に入って来た。
「えっ!? な……誰……鷲尾さん、まさかあなた……うぐぅっ!!」
屈強なスタッフの一人が、美波を渾身の力で思い切り殴る。
そして床に倒れ込んだ美波を数人が囲み、手足を縛り付けると、薬品を染み込ませたガーゼを嗅がせた。
「むぐぐっ! うぐ、くぅ……! く、が、は……ぁ……」
そのまま美波は意識を飛ばしていった。
彼の無防備な姿を、拝借した鍵でいとも簡単に手錠を外した鷲尾は氷のように冷たく見下ろした。
「馬鹿な奴だ。俺を逮捕しようだなんて」
警察署? そんなもの、素直に行く訳がない。
俺は捕まらない。捕まるくらいなら、それこそ死を選ぶだろう。だが、少なくとも目的を果たすまでは……そうなることもない。
美波の凌辱など、鷲尾にとっては通過点に過ぎないのだ。こいつもただ刑事としての職務を全うしていれば良かった。
鷲尾に深く関わって来ようとさえしなければ、こんな目には遭わなかったというのに……。目障りな者は排除せねばならない。
そうして、スタッフ達は美波の身体をくの字に曲げるようにして段ボールに詰め込むと、外に運び出す。
段ボールがトラックの積荷部分に押し込まれ、早々に発進する。
徐々に遠くなっていくトラックを見つめても、もはや何も思うことはなかった。
「さて……俺も後を追うか」
鷲尾も自身の車に乗り、エンジンをかけてクラブへと向かうことにした。
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