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22-1 晃夫婦〜鷲尾

 どれだけネットで探しても、陰謀論のような憶測の書き込みやデタラメな記事しか出てこない。  晃だけでは難しい内容もあったので、美鈴と共に十四年前に鷲尾の両親が殺害された事件を晃も彼なりに追った。  プロファイリングとしては怨恨だが、やはり犯行が残虐かつ大胆すぎて、怪しい人物の浮上にすら至っていない。 「鷲尾さん……こんな悲惨な事件に巻き込まれていたのね。私……知らずに接していたものだから、何と言ったらいいか……」 「知らなくて良かったと思うよ。彼は……同情されるのが嫌いみたいだから」 「そうかしら……。でも、どうして今頃になって? 彼から聞いたの?」 「え……あ、ああ、うん」  特に美鈴には言えるはずもなかった。  僕は殺人鬼の息子かもしれないんだよ、なんて。君は殺人鬼の家に入ってしまったんだよ、なんて。  彼女の心に、キャリアに傷が付く。 「そうだ! 局に当時の取材記録も残ってるかもしれない。それで……」 「やめよう」 「どうして? あなた、鷲尾さんの親友なんでしょ? なら、私達でできることは」 「僕達ができるのは……見守ることだけだよ。詳しいことは警察に任せよう」 「……あなた、変わったわね。前なら自分から私に頼み込んで来る勢いだったのに」  怒っているというか、失望しているというか。晃の変化に美鈴は難しい顔をしていた。  嫌われた? 友達思いの夫じゃなくなったって。結婚してまだ一年しか経っていないのに。一生幸せにすると彼女の両親へ誓ったのに。  しかし、次の瞬間に美鈴はトイレへ走って行ってしまった。ドアも開けっぱなしだったので、何事かと覗いてみると、冷や汗をかいて嘔吐している。 「みっ、美鈴!? 大丈夫!? お水持ってこようか!?」 「ううっ……ご、ごめんなさい、少し……グロテスクな内容だったから、かも……」  背をさすりながら、落ち着くまで一緒に居た。彼女は苦しがっているのに、何故だか触れているだけで安心した。 「ごめんね美鈴……君を愛してるから、僕はこれ以上どうしようもないんだ」  どれだけ嫌われようが、やっぱり僕は美鈴じゃないと駄目だ。ほろりと涙を流しつつも、背後から優しく抱き締める。  守ってみせる。耐えてみせる。くよくよなんてしてられない。妻も親友も救う。  そして、父がもし本当に犯罪を犯していたなら……やはり償わせるべきだと思う。それでこそ誇り高い篠宮家の男だ。 ◆ 「あの無能、遂に嗅ぎ回り出したか……ああ二人とも、うるさくて聴こえないから猿轡しといて」  今宵も薬物を投与して狂ったように高笑いしている美波。  蓮見と柳が協力して彼の口にガーゼを詰め込んでガムテープを巻き付ける様子を横目に、鷲尾は篠宮家に仕掛けた盗聴器を聴いていた。  事件のことを調べるのは別にいい。犯人なんて亡霊のような存在だから。  それよりも、だ。 「……篠宮晃と美鈴の間に……できたかもしれないな」 「なにが?」 「そりゃあ、コレに決まってんだろ……」  蓮見がジェスチャーで表すと、柳もなんとなく把握したらしい。  そうなると、別の角度から攻める必要がある。守るものが増えることは、弱点も増えたということ。 「ハッ、ヤることはヤッてんだな、あの坊ちゃんも」  まあ、子供が欲しい……ことの意味は成人男性ならいくらあの晃でも知っている。美鈴が多忙な職業なだけに、わりと計画的には行っていたのだろう。  それにしても晃の凌辱が本格的に始まってしまった今にそれとは……授かったタイミングがあまりにも残酷すぎないか? これには晃というより美鈴に同情せざるを得ない。  だって愛する夫が知り合いの男に犯されていると知ったら? 義父が殺人鬼だと思い込んだら? ショックで流産するかも。  だがせっかく授かった「新たな篠宮の血」がそんなことで潰えてしまうには惜しい。元気に成長し、産んでもらわねば。  そうだ……今の晃の精神状況では、仕事、鷲尾との関係、父に真意を聞くべきかの葛藤等で忙しく、とても美鈴を支えられない。  鈍い男であるからたぶん妊娠初期の症状にすら気付いていない。なら自分がやればいいんだ。  晃をそれとなく美鈴から突き放し、自分が美鈴の心に潜り込めば、もうこの世界に晃の居場所はなくなる。

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