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22-2 ※鷲尾+美鈴

 それからの鷲尾は、晃の親友として彼の家に入り込めるのを良いことに、様々な偽装工作を行った。  晃のスーツにきついくらいの商売女を匂わせる香水を振り撒き、胸ポケットには名刺を入れ、携帯にも傍から見ればただの迷惑メールなのだが、うっかり美鈴が着信画面を見た時に「別に女がいるのではないか」と思わせるようなメッセージを送った。  晃の車にはショートボブの美鈴や親戚たちとも違う金髪のロングヘアの女性と思しき毛髪を入れ、ドリンクホルダーには赤い口紅付きのカップ。  さらに、この一ヶ月ほどは晃を夜に外へ呼び出して事に及ぶことが多かった。  それも災いしてか、晃の行動はどう考えても所帯を持った誠実な男ではない、という風に傾いていた。  弁解をしようにも、晃には全く身に覚えがないし、夜間の外出が多いことは、鷲尾が関係しているから絶対に口外できない。  そんなところも、晃の疑惑を大きくさせていった。  美鈴の同行も見ておこうかと調べたところ、美鈴はこの頃、病院に通い始めたとのことだった。それも、産婦人科だ。  それが意図するところはわかりつつも、鷲尾は本人から事情を聞こうと彼女を尾け、帰り際に偶然を装って鉢合わせするように仕向けた。  芸能人であるが故に、帽子やマスクで変装し、人目を気にしながら病院から出て来たところだったので、鷲尾とばったりと出くわした時は美鈴はかなり驚いた様子だった。  ただ、そこで警戒心が薄かったのは、普段から夫婦共々に恩を売ってきた鷲尾だからであろう。  散歩がてら、公園のベンチに二人して座る。  厚着をしているのでわかりづらかったが、確かに下腹が膨らんでいると言われればそうも見える。  やはり妊娠しているのだ。とすれば、当然その子は、晃との子だ。  忌むべき篠宮家の、新たな家族。  愛しく、守るべき、しかし鷲尾にとっては──。 「今、どれぐらいなんですか?」 「ニヶ月なんです。だから、お腹はあまり目立たないのだけど……その……晃には……まだ、言えていなくて」 「どうしてです? 子煩悩な篠宮さんなら、きっと喜ぶでしょうに」 「そう……だと良いのだけど……」  どうにも歯切れの悪い美鈴。  鷲尾は美鈴の顔を真面目な顔つきで見つめた。お互い無言だった。  言いたくないのなら、聞かないけれど。そんな雰囲気を醸し出していた。  すると、美鈴は心打たれたのかわぁっと泣き出してしまった。 「ごめんなさいっ……泣いたりなんかして。でも晃がっ……最近、帰りも遅いし、何故かよそよそしくなったように感じて。もしかして、浮気、してるのかも……って考え出したら、突き止めるのも恐ろしくなって。今の晃には、子供ができただなんてとてもじゃないけど言えないわ」  女の勘というものは恐ろしいほど冴えているが、鷲尾からすればここまで上手くいくとは、なんだか拍子抜けだ。  どう考えても怪しい行動の上に、妻の妊娠中の浮気など男として最低中の最低な行為だろう。  ということは、晃の浮気相手は鷲尾ということになる。遊びの女相手の不倫ならまだ良かっただろうに、とどこか清々した気分だった。  晃は今、必死で家庭を、美鈴を守ろうとしている。  なのにその自分の行動で美鈴を不安にさせているとは。お熱い新婚夫婦に涙が出そうだ。 「そうだったんですか。それは、さぞかし心労があるでしょう……。ただ、正直申しまして、俺もここ最近の篠宮さんは様子がおかしいと感じていて。まさかとは思ったのですが……やっぱりそう、なのですかね」  そう鷲尾から告げられては、美鈴は夫は完全に黒なのだと思い込みまた泣いた。  下腹部をさすりながら、それでも愛しい我が子の存在を感じることでどうにか自我を保っているかのようだ。  そもそも美鈴だって高嶺の花であったが故にろくに恋愛もしたことがなく、三十路を目前にして焦っていたところを晃と出会ったのだ。  そのまま真剣交際で流れるようにゴールインしてしまったので、辛い経験もなかっただろう。  確か同じ大学出身で、晃はまあエスカレーターで入った阿呆だが、美鈴は大学からで、本当に優秀だったと聞く。一応、先輩後輩の関係であった。  と言っても、彼女もまた幼い頃からピアノやバレエ、英会話、たくさんの習い事をしていた恵まれた家庭の出身に入るから、類は友を呼ぶというか。  結局その日は、美鈴が万が一に転びでもして胎児に影響がないよう、紳士的に自宅へ送って行った。  美鈴も他の誰にも言えない相談を鷲尾に話せただけ、ストレス発散になっただろうか。晃への不信感は募る一方だろうが……。  鷲尾はこれからの篠宮家へのアプローチを、真剣に考えだした。

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