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23-2 追求〜失踪
住宅街から人目のつかない路地裏に回り、そこでようやく手を離してやった。
晃は強く掴まれた手首に痕がついていないか、軽くさすっている。
「で。社長に会った本当の理由……もちろん、普通の親子の時間を過ごしたかった訳がないだろうな」
晃は諦めたように目を伏せた。
「…………うん。パパに直接問い詰めたよ。私には関係がない、訳のわからないことを言うなって、果ては怒られて追い出されちゃったけどね。君には悪いと思ってる……あれだけ言われていたのに、事件に首を突っ込んで、嘘まで付くことになって……」
「残忍な手口で殺した奴が、いくら息子相手とはいえはいそうです自分が殺しましたなんて言う訳がないでしょう? それに……例え認めても、今さらの話。もし全面的に社長の主張が通っても、十四年前の殺人鬼がのうのうと生きてきたことになる。警察も赤っ恥だ。無期懲役どころか、世論は誰もが死刑を望むでしょうね」
「死っ……!?」
「二人も殺しておいて涼しい顔をしていた人間に税金でメシを食わせるほど、国も民もお優しくはないですよ。それどころか、煌成堂の信用もガタ落ち。歴史ある大企業が潰れないといいですね」
「…………ッ」
父の手が血で汚れていると信じ切っている晃は、黙るしかなかった。
もしも父が死でその罪を償うことになっても、この国でそれが認められている以上は、仕方がないのかもしれない。そんな風にすら考える。
「でも……やっぱり、僕は……パパのしたことがもし真実なら、それでも構わないと思ってる。肉親であれ、悪い人が野放しになっているのを見て見ぬ振りができるほど、僕は器用じゃないんだ……」
「ふぅん。では、奥様はどうするんです? 彼女は今や皆に好かれる朝の顔だ。大変なスキャンダルになりますよ」
「……そうなったら、美鈴とは別れる」
晃はきっぱりと言い放った。
「彼女とその家族は何も関係ない。彼女には迷惑をかけられない。幸せになろうねって約束したけど、だからこそ彼女にだけは……何も知らないまままでいてほしいんだ」
普段の晃とは比べ物にもならない、キリリとした瞳。凛とした男の表情。
父の元に赴く時点で、相当な決意を固めて来たとわかる。ご立派な覚悟だ。
「フン……まあいいでしょう。聞いてしまったものは仕方ありませんからね。じゃあ、約束通り俺は警察に証拠を──」
晃がゴクリと生唾を呑む。
「……と思っていたけど、今回だけは見逃しましょう」
「……え?」
意外な返答に、ぽかんとする晃。
「選ばれた人間以外は知らない、特別な施設があるんです。そこは、金を積めば何だってできる。そう、あなたを拷問することも、私刑すらも容易い。今からそこに行けば、警察沙汰にはしません」
「なに、それ……どういう……こと……」
「何も怖がらなくていいんですよ。なにせ……あなたのお父上も、昔そこで、たくさんの人畜無害な人間を壊してきたくらいだから」
夜の闇に紛れて、黒塗りの外車が晃の逃走経路を塞ぐよう、一方通行の出入り口に停まる。
怪しげな車に気を取られている隙を狙って、鷲尾は背後から晃を締め落とした。
がっくり力の抜けた晃を、車から出てきたスタッフ達と協力して、トランクに運び込む。
晃の持ち物だけ拝借し、鷲尾はスタッフに合図をすると、そのままクラブへ直行するよう命令を出した。
夜はまだこれから。やることは山積みだ。
◆
晃が姿を消してから、翌日になっても晃は一向に姿を見せない。ただの寝坊ならどんなに良かったか。
昼休憩で、血相を変えた課長により社長直々の呼び出しがかかったことを知らされた。
晃はともかく、一介の社員が真昼間から社長室に呼ばれるなんて異例中の異例だ。
他の社員は、「昇進の打診だったりして」とか、好き勝手に噂している。
普段は来ることもない最上階のフロアに位置する社長室。秘書が鷲尾が来たことを確認すると、扉が開かれた。
まるで玉座のような物々しささえある、篠宮のデスク。篠宮は秘書をも手で追い払い、二人きりの空間を作った。
「本日はどういったご用件でしょうか」
「この私を殺人鬼扱いしたようだな、貴様」
「それはご子息からお聞きしたのですか?」
「ああ。昨夜な。クラブのことがあるからそんなつもりは毛頭ないが、自首しろとも強く言われたよ。……確かに、実行犯は違えど依頼をしたのは私……暴かれれば罪に問われるだろう。だが、それは君とて同じこと。いったい何人の人間を騙し、犯し、殺してきた? 君の裏の犯罪歴と比べれば私は……。いや……今はそんなことを話している場合じゃない……どうして晃に私が殺人犯だと刷り込んだ」
「その方が都合が良いからに決まってるじゃないですか。母親を失った可哀想な彼はあなたしか頼れる肉親がいないのに、そのあなたが、まさか殺人犯だと思い込んだら、ましてや大事な妻のことを想ったら……」
「一人で抱え込んでしまう……か。君らしい卑劣さだ」
「そういえば、そのご子息は今日、どこで何をしてるんでしょうね? とっくに始業してるのに、全く来ないので課長もお怒りでしたよ。いくら社長の令息とはいえ、さすがに無断欠勤はまずいのではないでしょうか」
「なに……? まさか……ッ!」
篠宮はその場で晃の携帯に電話をかけた。
一向に繋がる気配はない。家も誰もいないようだ。美鈴も仕事中である時間帯。
だんだんと篠宮の顔色が悪くなっていき、冷や汗が滲んでくる。
「息子に……何をした……」
「さあ?」
社長を相手に全く物怖じしない鷲尾に、篠宮はその場で携帯を投げ捨てて詰め寄った。
渾身の力で胸ぐらを掴む。ともすればこの場で首でも絞められてしまいそうだ。
「鷲尾……怜仁……! 晃と連絡がとれない理由など、貴様しかいないだろうが! 言えッ! 晃は今どこにいる!」
「……鷲尾忠志に強い恨みを持った時のあなたもこんな風に感情的だったのかな」
対する鷲尾は非常に冷静だった。淡白すぎるとも言っていい。
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