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28-1 ※輪姦
定期的に鷲尾から篠宮家への情報を求めてきていた、とある会員の男がいた。
男は篠宮家に対して復讐心を露わにし、爪を噛んで貧乏揺すりをやめない、どこか子供っぽい仕草をする人間だった。
鷲尾が彼から話を聞いたのは、単なる気紛れではなかった。
篠宮家に人生を狂わされた者は自分だけではない、そう知ることができたのだ。
彼は今でこそ若くしてIT企業の社長で、金には困らず、クラブからの紹介が来るほどに出世した社会の勝ち組だが、それまでの人生はあまりに壮絶だった。それは彼の父親に所以する。
十六年ほど前、トラック運転手をしていた彼の父親が女性を轢いた。
彼女は赤信号にふらふらと入り込み、それに気付いた父は慌ててブレーキを踏んだが間に合わなかった。
だが、これを機に父は殺人の罪を背負ってしまう。
過失運転致死傷の為に執行猶予付きの軽い刑ではあったが、男の家族は殺人者扱いをされ、当の父はと言うと、そのうち周囲の目に耐え切れず首を吊った。
元より低所得家庭だったことから、父の少ない保険金、母のパート代、自身のバイト代と奨学金。そうしたものでどうにか大学を卒業し就職するという苦学を経験した男の原動力は、何を隠そう篠宮だった。
男の父が轢いてしまったのは、不幸にも篠宮の妻、さつき。
父を奪い、家族を滅茶苦茶にした篠宮が憎い。家族が一人死んだところで路頭に迷う可能性もない篠宮が憎い。篠宮が、篠宮が。
篠宮を憎むのはお門違い?
まさか。綺麗事も甚だしい。例えば彼の友人であれば、誰しも彼に同情するはずだ。当然の気持ちではないのか。
さつきが当時隠れるようにして通っていた精神科のカルテもある。
事細かに症状が書かれてはいるが、わかりやすいものであれば、病名は「適応障害」「うつ病」だ。いずれも篠宮家に嫁いでから発症したものだという。
あの事故は突発的ではあったが、起きるべくして起きたのだ。
そして、鷲尾が復讐の道に走ったことも、また大きな運命の歯車の一部に過ぎなかった。
初めは鷲尾の個人的な資金だけであったが、男は「篠宮に徹底的な恥と絶望を与えられるなら」と、金銭の支援もしてくれるようになった。
なんともありがたい申し出であり、それは篠宮らが生きている限り、半永久的であることを約束してくれた。
だからしばらくは晃の凌辱や、自身の行いを悔やんでも悔やみきれない篠宮輝明の映像を与えていた。
彼は悲劇の父親、そして殺人者の家族として育ったことを思い出すのか、食い入るように映像を見つめては、目に大粒の涙を溜めて薄笑いしていたのが印象的だった。
かく言う鷲尾は、そこまで長年執着できるなんて暇なんだな、とあくまで他人事に思った。
◆
晃を抱かなくなってから久しい。
仕事はもちろんのこと、私生活もそれなりに多忙を極めていた。
一度浮気されたあげく離婚した美鈴を支えるには、どこまでも誠実な男を演じなければならない。少しでも連絡が遅くなったら、彼女は不機嫌になってしまう。
女というものは嫉妬深くて束縛が強くてほとほと面倒臭いが、今は我慢だ。
まだ晃に構っていてもいいが、その優先順位は低くなっていた。
クラブ勢に輪姦される日々が続いても、最初こそ猛烈に嫌がっていたのが、慣れてきたのか……大人しく奉仕を行うようになった。
ほうら、やっぱり。自分が居なくてもあれは生きていける。まったく勝手な男だ。
だが、今夜だけは特別な日だ。美鈴にも適当な理由を付けて外泊することを伝えている。誰にもこの時間の邪魔はさせない。
鷲尾のプライベートルームに、篠宮の名を出して会員を集めていた。
片手くらい集まればいいかな、と思っていたところ、ギャラリーも含めたら両手でも足りなくなってしまった。
クラブ会員も篠宮と聞けば、かなりの確率で知っている。それは当然父親の件の方だったが、晃の境遇を話すと、とても面白がってくれた。
「ほほう、あの篠宮のお坊ちゃまを堕とすとは、鷲尾くん、なかなか粋なことをするじゃないか」
「はい。それで近頃は表向きの仕事に励んでおりまして、クラブにはあまり顔を出せず申し訳ありませんでした。これはクラブのつまり想悟様の意向ではなく、あくまで個人的な事情ですが……こんなにも多くの方にお集まりいただき、驚いております。本当にありがとうございます」
「なに、僕は君がクラブに来たばかりの小さな頃から君を知っているんだよ。もう父親みたいな気分というかねぇ」
「それを言ったら、儂も孫の一人ですわい。わっはっは」
誰がお前らクズ共に親や祖父の気持ちになれとお願いした? 勝手に感慨深く思われても恩着せがましくて敵わない。
もちろんそんな本心は隠し、微笑みを湛えて鷲尾は一礼した。
瞬時にクラブ内の者によく可愛がられたのだとわかる、かなりやつれた様子の晃と目が合う。
真っ裸に剥かれ、クラブの所有物を表す真紅の首輪を嵌められ、至る所にまだ治らぬ痣や切り傷や擦り傷が。
尻たぶは無惨に腫れ上がっている。おおかた、ミスをして誰かにスパンキングでもされたかな。
たいそう遊んでもらったのだろう。スタッフ命令がなければともかく、会員は容赦がないからな。
けど、とっくに拡張されてぶち壊されているかと思った尻穴はまあまあ綺麗だった。ふっくらと綻びていて、牡奴隷となったことは誰にもわかるが、酷い崩れもなくまだ使いようがある。
晃は自分をこんな風にした元凶の男が目の前にいるというのに、それでも、鷲尾の存在を認識するや否や、泣きそうに……だが心底ホッとしたように胸を撫で下ろした。
これでまたすぐ「怜仁くん、助けて」と縋り付いて来ようものならそのアホ面を蹴り飛ばすところだったが、まあこれくらいは許してやるとしよう。
「……さて、皆様改めまして、本日はようこそいらっしゃいました。五体満足の彼を見、使うことができるのは今夜限りですので、どうぞ存分にご堪能くださいませ」
五体満足の彼。今夜限り。それは、晃には意味がわからなかっただろう。
まあ、その言葉を察した方が恐怖で仕方ないので、彼はずっと馬鹿なままでいい。
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