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29-1 ※回想、グロ

 当時の地下クラブオーナー、八代治に引き取られてから数年。  偏屈な医学者とは聞いていたが、高校に上がった鷲尾は彼のことをやはり訳のわからないジジイだと思っていた。  彼と出会ったのは中学の頃だが、まだ子供だった証だろう、大人を欺こうとした言動に「この儂の前で白々しい態度を取るな、小童が」と一瞬で見抜かれた。  彼は他の人間とは違う、この老人になら着いて行っても良いかもしれない。そう考えたのはあながち間違いではなかった。  クラブの仕事や規則を毎日みっちりと覚えさせられ、鍛え上げられた鷲尾は、既に八代の解剖、実験を含めた研究の助手を、手が空いている時は任されるほどにもなっていた。  本来は後進育成の為にも、死体の解剖などその道に興味のある若手に任せれば良いだろう。  けれど八代は積極的だった。参考文献などはよっぽど革新的なもの以外は目を通さず、全て自らの手で切り開いて学ぶ。  年老いてもなお、絶えない知識欲は素晴らしい。と言うより、彼の場合はそれしか興味がないのだが。  八代の相手をするのは良いが、鷲尾は別に医師になるつもりはないし、進路をどうするかと聞かれれば、どちらかと言えば法学部に進む気ではあった。  理由を付けるならば、とりあえずどんな仕事に就いたとしても自由の利く学部であること。  これが医学部なら「どうして専門職に行かなかったのか」と言われることが面倒臭い。  それから、もし誰かに両親の事件を知られた際には、関心があるのではと思われた方が都合が良い。情けという感情は人の目を曇らせる。  ただ、クラブに居る以上は、ありとあらゆる知識を身に付けておいて損はない。  八代の聖域に招かれ、メスで開いた内部の臓物を渡される。  鷲尾はそれを観察し、重量を測り、気になることがあれば報告する。さながら教師と生徒だ。  両親の存在などもはや忘れかけていた頃、ふと八代が遺体の神経を切り取りながら口を開いた。 「儂がどれほど解剖に付き合わせても、お前は両親について何も言わんのだな」  そうして渡されたのはもう二度と動かない心臓。握り拳ほどの大きさで、たいていは二から三百グラムとごく軽い臓器。  人間はこんな小さなものが動くか動かないかで生きている。  さながら人間を機械とするならば、脳はAIで、それを動かす心臓は電源。シャットダウンすればいついかなる状態でも確実に死ぬ。 「……どうして今さらそんな話を?」 「儂に聞けば死因も、どんな手口で殺されたのかも、犯人像も、全ての真相がわかるじゃろう。しかしお前はそれを望んでいない……」 「そうです」 「何故じゃ?」  それは特に意味のない、純粋な疑問だったと思う。 「戻って来ない人間なんかに執着していたって時間の無駄です」  そう。戻って来ない。  例え来たとしても、今までの人生までもまた、偽りのような気がして。その方が空恐ろしいというものだ。  だいたいあれはもう自分の知っている両親の姿ではなかった。ただの肉の塊だった。人間じゃない。  だったらとっとと忘れ──る訳には周囲の目もあるのでいかないが、より良き人生を歩む為には、彼らの死はイレギュラーであり、むしろ邪魔だった。  幼心に「両親のいない子供は面倒だ」と即座に考えたが、本当にその通りだった。  初めはなんて可哀想なのだと皆良くしてくれるが、だんだん親が居ないから性根が腐るだの何だのとのたまい始める。  それは思春期のクラスメイト達もそうだった。親からの刷り込みだろうか。  あまりにも腹が立った時はクラブに攫わせてやろうかと思ったが、表立った行動は慎めとも再三言われていたので踏みとどまった。  勉学で目立つのも禁止。スポーツも禁止。特出した能力で成果を挙げることもだ。  クラブは、クラブの為であれば何でもしていいが、関与しない場合は規制の方が多かった。  まあ、クラブを知らずに生きていれば、そうしたしがらみまみれの人生だったのかもしれないが。

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