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29-2 回想
仕方なく、当時少しだけ肉体関係を持っていた自傷癖のある女に相談して、そいつらをいかにも薬物の売人である男達に脅迫させた。
暴力は振るわせていないから、お咎めはなし。
ただし、そいつらはよっぽど恐怖だったのか学校へ来なくなった。
風の噂では、今でも精神を患って情けなく家に引きこもっている奴も居れば、自殺したり、自身もヤクをやって逮捕された奴もいるらしい。
楽しみが奪われてつまらないなと思った。
女もそれ以降、何かと恩着せがましくなり、嘘か誠か子供ができただの卒業したら結婚してほしいだのと喚くようになったので、臓器提供という名の素晴らしい行為に加担させてやった。
あんな奴ら、普通に生きていたら糞にたかるハエ以下だ。
「お前は儂の研究も無駄だと言いたいのか?」
「ええ。あなたが未来の為にだとかご大層な思想を持っているとも考えられませんし」
「……ふん。本当に口だけは達者な餓鬼じゃなぁ」
八代は嘲笑の笑みを浮かべた。
「じゃが大人を舐めるなよ小僧。この世には科学的にありえぬこともある。この儂が生涯を捧げても良いと思う出来事が。その時が来てもお前の胡散臭い能面が崩れぬとは……儂はそうは思わん」
「科学的にありえないこと? どういうことです? まさかあなたが……本気で言っているんですか、それ」
元から狂っているが、いよいよ耄碌してしまったのかと思う八代の台詞。
だが、八代は下手な冗談を言う男ではない。それを実際に経験したと彼が言うなら、そうなのかもしれないとはわずかながらに思った。
「信じる信じないはどうだって良い」
「ええ。信じていませんから。……でも、百歩譲ってあなたの経験が事実だとして。あなたの目的は何です? いつも実験や解剖をしているのも、全てが全てクラブの為という訳ではないのでしょう?」
「それは……そうじゃなぁ、儂が死ぬ頃にわかるじゃろうよ」
ここまで来てもったいぶる必要があるのだろうか。やれやれと頭を振る。
「ただ……ある男との約束があってな。それを実現する為には、できるだけ長く生きる必要がある。そうして……寿命を全うできれば良いなと……近頃は思うのじゃよ。儂らしくもないがな」
八代はフッと鼻を鳴らして天を仰いだ。
本当に彼らしくない言葉だった。それほど生に執着しているとは思えない男であるのに、だ。
「怜仁」
珍しく下の名前で呼ばれた。
「お前は既に凡人の何倍もの人生経験をしている。じゃがまだまだ足りん。血反吐を吐くほど積むといい。そうすれば何かが見えてくる」
ふと言われた言葉が、脳髄を離れないでいる。
そしてそれは、神嶽修介、霧島想悟という見た目こそ凡人であるのに、正に科学では説明のつかない特殊能力を持つ者を前にして、初めて──鷲尾も八代の言いたかったことがわかったような気がした。
◆
しばし夢と現実の区別がつかないような、なんともぼんやりとした不快な寝起きだった。そういった感覚は鷲尾にはあまりなかった。
八代の夢を初めて見た。
悪夢……といっていいほどのものではないが、みぞおちの辺りに何かがつかえたような気色の悪さがあるし、うっすら寝汗もかいている。
「……幸先が悪いな」
なんだかしゃきっとせず、しばしベッドの上で深呼吸と軽いストレッチをしてからシャワーを浴びる。
いつも精神は安定しているはずなのに、ほんの少し言動を阻害された気分になって、死後も変わらない彼の邪悪さに吐き気がした。
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