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END(30-1) ※死ネタ、流血

 鷲尾の人生において強烈に影響を与えたという人間は三人いる。  一人は、両親を死に追いやり、また鷲尾も復讐を果たしたばかりの篠宮輝明。  そしてもう一人は、意外にも身近に存在し、裏社会で生きるきっかけとなった前オーナーこと、八代治。  最後の一人は、いや、人間と同列に呼ぶのは間違いかもしれない。  突如として現れ、嵐のように去っていった、神嶽修介と名乗っていた男。  特に神嶽への執着というのは凄まじいものだった。なにせ彼がクラブから去ってからというもの、過激ながらも平坦な日常を過ごしていた鷲尾の生きる目標と化していたのだ。  神嶽のいる生活は非常に短いものであった。けれどその中で垣間見たものや、後に知った彼の人智を超えた異常性は頭を強く殴られたような衝撃に満ちていた。  今なら八代が神嶽に固執した気持ちも理解できる。  そして、霧島麗華の遺伝子を残す為に、霧島想悟に日の目を見せたことも。  彼は恐れ忌むべき化け物。あるいは、信仰の対象となる存在。人の形をしていながらも、人ならざるものである。それが最終的に鷲尾が出した答えだ。  心残りは全て清算しておこう。  そうでなくてはまた何の面白味もない人生がやってくるだけ。飽き性の鷲尾にとってそれは死ぬよりも苦痛で仕方がない。  鷲尾は自分の念願が叶った祝賀会だ、と言って蓮見と柳を廃墟に呼び出した。 「何なんですか? こんなところに呼び出したりして」 「パーティーっつってもなぁ、もっと場所があるっしょ、場所が」  もちろん、二人とも結果として復讐に参加したは良いが、ここまで付き合う義理はない。  祝いや労いの言葉もなければ贈り物もなく、鷲尾の動向を伺うように煙草を吹かしていた。 「なあ。俺達って友達だよな?」 「はぁ? いきなり何言ってんすか」 「……まあ、幼い頃からの付き合いですし、そうと言われればそうなんじゃないですか」 「あれ? そっか。俺はそう思ったことは一度もないんだけどな」  鷲尾は失笑しつつ吐き捨てた。 「いーいよなぁ。お前らは苦労の一つも知らずに生きて来れて。……でもな、そういう人間が苦しみ足掻くことを愉しむ人間は五万といるのさ。例えばあのクラブの会員共……いや、俺もその一人」 「な……何言ってんですか、鷲尾さん」 「おい……全然話見えてこねぇんだけど。遂にトチ狂ったのかよ」  混乱する二人をよそに、鷲尾は銃を取り出すと、躊躇なく蓮見の前額部から後額部へと風穴を開けた。  二人とも、まさかこのような末路は想像だにしていない。  撃たれた蓮見も、反動で落ちたサングラスの中の裸眼が驚愕に見開かれていた。 「…………は……蓮、見」  あの柳が、震える声で呟いた。  全身の力が抜けたように膝から崩れ落ちて、図体の大きな骸ににじり寄る。  身長差をも利用した、完璧な即死をもたらす一撃だった。自身が死んだことすらもわからないほどの。 「蓮見……嘘だろ……なぁっ、蓮見……お、オレと盃交わしたお前が、こんなに簡単に死ぬはずがっ……」  何度揺すぶっても、声を掛けても、蓮見はもう二度と柳に答えてくれることはない。  蓮見とは幼少の頃から、家族ぐるみの仲だった。盃がなくたって、兄弟のように思っていたのだ。  自らはたくさん他人を死に追いやって来たヤクザとも言え、柳の目には涙が滲んだ。 「さあ柳! 次はお前だ! お前も神の生贄になるんだ!」 「かっ……神……生贄……? あんた……狂ってやがるとは思ってたが、何もここまで……」 「ヒャハハハハハハハ!! なにブルっちまってるんだよ、ええ? 悲しいのか? 悔しいのか? お前でも幼なじみを殺されたらそんな顔になるんだなぁ、ああ、これは傑作だ」 「……ふざけてんじゃねぇぞクソ野郎がッ! ブッ殺してやる!!」  なおも煽るような台詞を吐く鷲尾に、柳は激昂した。  今まで蓮見と、鷲尾と共に過ごした時間がここに来て手のひらを返され、粉微塵になって消えた。  鷲尾は既に敵である。元より短絡的な頭が目の前の裏切り者への殺意でいっぱいになった。  突進して一気に間合いを詰めて殴りかかろうとしてくる。至近距離では銃は使えない。使えても一発で仕留められはしない。恐れずに相手の手数を封じにかかる柳らしい戦法だ。  だが、あの方に捧げる身体に、傷など付けてなるものか。  柳の攻撃を寸前でかわし、銃の柄で後頭部を思い切り殴った。 「げ、ふっ……!」 「お前はいつまでも生意気でムカつくから、嬲り殺し……かな。惨めに命乞いするまでグチャグチャにしてやるよ」  純然たる暴力を前に倒れ込む柳に馬乗りになり、まずは片手に一発撃ち込む。 「ぐおぉっ……! 熱ッ……く、クソが……誰が、テメェなんぞに命乞いするか、よっ……!」  もう片手を一発。 「あぎゃはぁああああああああああっ!!」 「ヒャヒャヒャヒャヒャ!! 痛いの嫌いなのに強がるから。極道のメンツってやつはまったく馬鹿馬鹿しいよな。俺は堅気で良かったよ」 「はぁっ……はぁっ……鷲尾……殺……痛ってぇ……何してくれてんだよクソボケがァアアッ!!」  手負いの虎──いいやこいつは子猫ちゃん──なんかに凄まれても全く脅威など感じない。  鷲尾は立ち上がると、急所は外しつつ、確実に柳の身体に銃弾を浴びせていく。蓮見とは違い、じわじわと拷問して殺す。  出血が止まらない上に、自分は加虐を好むくせに苦痛に弱い柳だ、撃たれるたびに大声を上げて悶絶している。  どうにか逃げようとするわずかな抵抗も許さず、血まみれの脚を力一杯踏み付けて逃がさない。 「も、もう……な、何なんだよ……オレらがあんたに何したってんだ……ひ、ヒィッ……」 「ブハッ、遂に音を上げたか。まあもう虫の息だからな、教えてやるか。別に何もしてないんだ。でも、生贄が必要だ、って言っただろ」 「だから、そのっ……生贄ってのがマジで訳わかんねー話で……」 「もっと喜べよ……あの方はお前のどんな我が儘も答えてくれる素晴らしい方だったじゃないか。お前達は俺と共にあの方の生贄になり……そうして今生よりさらに強大な力となって彼を末長く支える。それがどんなに名誉で幸福なことか、わかるだろ?」 「まさか……」 「そう、そのまさか」  先ほどから鷲尾の言い続けている“あの方”の正体を悟った柳の顔面がサッと蒼白になり、途端に深い絶望と恐怖に引きつった。 「いっ、嫌だ……たっ助けっ……死にたくない! オレまだ死にたくねぇよおおおおおおおおおおおっ!!」  威勢の良さはどこへ行ったやら滑稽な柳に笑いが止まらない。  そうだ。仮にもヤクザの男にこれほど言わしめる方なのだ。 「次に会う時は彼の元で」  最後の射撃音が鳴った。薬莢が転がり、静寂が訪れた。  今夜は寒くなりそうだ。

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