77 / 80
END(30-3) ※グロ、カニバリズム
車を降りた鷲尾は、トランクから複数の黒いゴミ袋を取り出した。
運び込む際もとても重かったので、一つずつ担ぐようにしてようやくしまったのだ。
今こうして降ろす際もキャスターのついた荷台に乗せて運んでいく。
目的地についた先で、鷲尾はようやく長いため息を吐いた。両親の墓前だった。
辺りはすっかり夕暮れに染まり、カラスが妖しく鳴いている。
「ったく重いんだよクソ共が。この俺の手間を掛けさせやがって……でもまあ、この方があの方も食べやすいだろうからな」
呟きながらゴミ袋を開けて、中を覗き込む。
そこには、まるで目の前で眠る両親の最期の姿を彷彿とさせるような、バラバラに解体された人間が入っていた。
軽くするのみならば肉を削いだり薬品で溶かして骨だけにするなり方法はあるが、それではいけないかもしれない以上、なるべく原型は留めておきたかった。
「あ。父さん、母さん、来たよ。ごめんな、いきなり愚痴なんて。でもすっげーウザかった奴をやっつけたから褒めて欲しくてさ」
さも良い行いをしたかのように語りかけながらゴソゴソとそれぞれの袋を漁ると、二人──だったものの頭部を取り出した。
「そういえば二人には見せたことがないなって。こいつが蓮見で、こいつが柳。見るからに知能指数の低そうな顔をしてるだろ? 聞いてくれよ、最期もこんな風に滑稽でさ。『ズドン!』『は、蓮見……』──ぎゃはは!」
声色を使い分けながら、二つの生首を揺らしたり、ぶつけ合う。おぞましい光景も鷲尾にとっては子供の人形遊びとさして変わらなかった。
鷲尾は墓前の両親のことは、人並みには愛していた。けれど、それはきっと一般的な「愛している」という感情とは違う。
愛がどうこう、色事がどうこう、そんな奴隷達を目にしてきて、鷲尾にとっては全く理解不能だった。
親なんてものは、子供の言いなりで十分なのだ。
だってそうだろう? せいぜい長生きして尽くす責任も確証もないくせに子供を作ったことこそ、親のエゴに過ぎないのだから。
「まったく俺の人生は障害が多いってもんじゃないか。でもこれでやっと終わりだ。父さん、母さん、俺をこの世に生んでくれてありがとう。俺に楽しい人生を歩ませる為に死んでくれてありがとう。──さて、と」
そう呟いたところで背後に人の気配を感じ、振り返る。
世界の終末が差し迫っているのではないか。
そんな不気味な夜の闇に吸い込まれてゆく黄昏を背に、クラブから姿を消した夜と全く同じ見かけの神嶽修介と名乗っていた男が鷲尾の目の前にいた。
「神嶽様……きっとこうしてまたお会いできると存じておりました」
あの頃とは姿形が違うことも想像はしていたのに。一つも変わったところはない。
鷲尾はまるで憧れのヒーローにでも出くわした子供のように心を踊らせた。
「想悟様にはお会いしておいて、俺には一目でもお顔を見せてくれないだなんてあまりにも酷ではないですか」
鷲尾の横で、神嶽は律儀にも墓前に花を手向け、線香をあげた。そして、
「よく待ってくれたな、鷲尾」
表情を変えることなく、淡々と労った。
彼に再び相見えることは鷲尾にとってある種の賭けであった。
なにしろ、神嶽という男はその足取りの一切を掴ませない存在なのだ。
クラブに迎え入れられる以前のことは今は亡き八代すら知り得なかったであろうし、クラブを去ってから、そして想悟が彼に出会ったと聞いてからは、鷲尾は神嶽への興味が一段と強くなった。
独自に調べてみようとしたこともある。だが無理だった。生きているとも、死んでいるともいう形跡すらなかったのだ。
だから、彼の方から出向いてくれるのを待つしかなかった。
そして、彼が動くならばやはり“生贄”を捧げる時だと。そう信じて、鷲尾は行動に移したのだった。
鷲尾は逸る気持ちを抑えきれず、死体の入ったゴミ袋を神嶽の前に差し出した。まるでサンタクロースのプレゼントのようだ。
神嶽は中を覗かずともそこに何が入っているのかわかっているようで、二人してその場に座り込んだ。
「あなた様のことですからあまり詳しい説明は要らないとは思いますが、想悟様が大変素晴らしい計画を遂行中なのですよ! それに、ほら! こんなに食べたらさすがの神嶽様でも肥えてしまいますかね、ひ、ひひひ」
「お前がせっかく用意してくれたんだ。残さず食べるさ」
そう言って、神嶽はゴミ袋を漁ると、切り刻まれた腕や脚を当然のように口に運びだした。
神嶽が実際に屍肉を貪っていく様はさすがの鷲尾でも見たことがない。
しかし心が高揚し、彼がクラブから離れていた際の報告など話すのを止められなかった。
ほとんどは鷲尾ばかりが喋り、神嶽は無言で“食事”を行うという一方通行な会話であったが、二人の居場所はどこか不思議な空気に包まれていた。
ともだちにシェアしよう!