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END(30-4)

 弾丸のように言葉を紡いでいた鷲尾がふと、感傷的に呟いた。 「神嶽様……お聞きしてもよろしいですか」  神嶽が頷く。 「あなたは、どうしてこんな風に食人を行う必要があるのでしょうか」 「……逆に問うべきか。人間は何故ペットを飼う。この時代になってもなお奴隷を飼う」 「それは……。愛情や憐れみを感じたから、単なる支配欲や性欲といった自身の欲望を満たしたいから……理由は多種多様ですが、結局は己の見栄なのではないでしょうか」 「そう。皆こうして死体にすれば同じ脆いものなのだ。多様性を訴えながらも、究極では虚栄心で生きている。だが、俺は人間が好きだ。欲深く、醜く、しかし短い時の中で必死に足掻こうとする、美しい人間がな。俺はこの世界での共存を望んでいる……ただ、それにはほんの少しの整理……言わば間引きが必要なだけだ」  それでは、神嶽が食べているのは、ある種の選ばれた者という訳になる。  そこに理由があるかどうかはさておき、何の取り柄もない人間ではない……彼が価値を見出した者に他ならない。 「……なら、神嶽様。死んだ人間はどこへ行くんだと思いますか?」  神嶽が目だけを動かして鷲尾を見た。 「俺はね。転生だなんて都合の良い未来のありそうな話は信じていないんです。人間死ねば終わり。残るのは虚無。でも、皆が皆決してそうではないと気付いたのは、神嶽様が現れたからです」  人の生死へ関心のない鷲尾は、自分の死に方などもあまり考えたことはなかった。  決して長生きがしたい訳ではないが、この世に生まれた意味や、答えを見つけたいという欲求は、八代が死んでからは年々増していった。  だからこそ、だ。篠宮家への復讐は終わった。鷲尾を邪魔する者達ももういない。想悟もクラブで上手くやっていけるはずだ。  鷲尾はこれから先の人生を生きていく自分なりの目標を、若いながらも全て果たしてしまったのだ。  それは鷲尾にとってあまりの虚無感で、生きることを見出せないほどだった。  その中で残る悔いと言えばやはり神嶽のことだった。  もう一度神嶽に会いたい。人生の幕引きは彼に一任したい。しかしそれはただ自棄になって殺してほしいという訳ではない。 「死んだ人間の魂は……あなたの中にいる。あなたの中で、今もなお強く生き続けている。なら俺も未来永劫、あなたのお役に立ちたい。生きる為に……死んでしまいたい」  鷲尾は何かに駆られるように、その場に両膝をつき、神嶽の双眸を見つめた。  そして、地に頭を擦り付けて懇願した。 「どうか俺もあなたの一部にしてください! お願いします! 神嶽様、後生ですから! お願い、いたしますッ……!」  他人に土下座を強要させることはあっても、自身ではしたこともない人生だった。だが目的を達成するには背に腹は変えられなかった。  いいや、神嶽という強大な存在の前では、身体が勝手に動いていたと言っても過言ではない。  この行為が惨めだとは一片たりとも思わなかった。  神嶽はしばしそんな滑稽な鷲尾の姿を見下ろしていた。  ひんやりと肌を撫でる冬の風が吹くだけの、静寂が二人を包む。  そして、辛抱強く頭を下げ続けていた鷲尾に、神嶽はようやく口を開いた。 「人間はどうして皆こう我が儘な生き物なのだろうな」  本当に、理解不能である。そう言いたげな純粋な疑問提起。 「産めと頼んだ謂れはない、生きていたくない、死にたい。だのに、一方で植物状態でも生きていてほしいと願う者、不老不死を願う者もいる。……特にあの女の生への執着は凄まじいものだった」 「あの女……? まさか……霧島麗華」  おずおずと顔を上げると、神嶽は首を縦に振った。 「あの女の息子だからこそ、想悟も生を選ぶだろうと確信した。間違いなく今後も死は望まない。八代が死ぬまであれを守った俺が保証する」 「守った? 生まれてからずっと? 何故そんな……それに、霧島家はクラブが手を出しづらく苦労を……あ……もしかして、それをご承知の上で?」 「ああ。麗華の記憶から事態を把握して……俺が八代から奪って霧島に託した。……と言うより、本来あるべき場所に返しただけだがな。俺がいなければ、方便がなければ確実に八代に殺されていただろうさ」 「それを想悟様は?」  今度は首を横に振った。 「……そ、そうですよね、まさか一番憎いはずのあなたにどうせいつかエサになる命を助けられて、あげく見守られながら育ったなんて知ったら、元からおかしい頭が、さらに酷いことに、ハハハハッ!」 「知らない方がいいこともある。俺への怒りが、憎しみが、興味が、全て想悟の糧になる。そしてあれは良い支配者になる。だが鷲尾、お前は……」 「は、はい」  ゴクリと固唾を呑む鷲尾の頬に、神嶽の手のひらが伸びた。

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