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後悔の金曜日(2)
「選べよ」
話を断ち切るように、土御門が言った。
「は?」
「俺のと新しいの、どっちにすんの?」
オレはじりじりと考えたが、どちらでも同じことかと思い直した。
「古いほうでいいよ」
「わかった」
土御門は自分の携帯を取り出すと、画面をタップし始めた。
設定?
え?
オレは急に不安になって聞いた。
「なにすんの?」
「初期化」
オレは手を伸ばすと、土御門の携帯をむしりとって叫んだ。
「や、やめてよ」
土御門は、皮肉な笑いを浮かべた。
オレが初期化の意味を知ってるのに気づいたんだ。
「神無月さん、マジで頭いいのな。俺のメールとか見たい?……別にいいけど」
「ちがっ。初期化したら、メアドとか全部消えちゃうじゃん!写真とかもあるでしょ?」
相当腹を立てているんだろう、土御門は吐き捨てるように言った。
「別にいいよ」
オレはめちゃくちゃ焦って尋ねた。
「バックアップはしてんの?」
「なにそれ」
はははっと土御門が嗤う。
「ちょ!結構使ってたって言ってたじゃん!いろいろ入ってるに決まってる!」
「別にいいけど」
「いいわけないだろ!」
途方にくれて、オレは叫んだ。
土御門は真新しいスマホをつかむと、オレに差し出した。
「じゃ、交換」
オレはおずおずと、携帯をつかんで、土御門の携帯を差し出した。
土御門は自分の携帯にキスすると、ポケットにしまう。
「メールするから」
土御門はどこか苦いものの混じった、獣じみた笑いを浮かべると立ち上がった。
そのまま、少し歩いた土御門は、急に戻って来ると、高橋の机に手をついて、オレに向き直った。
「こいつには、メアドもTEL番も教えなくていいから」
「え?」
きょとんとするオレ。
なんで高橋?
「はは。俺、必死すぎ」
ガンと土御門は高橋の机を蹴る。
「え?」
訳がわからない。
「またね」
土御門は大股で、教室を出て行った。
呆然と見送ったオレは手元の携帯を見下ろすと、震える手で画面をいじった。
アドレス帳には一件だけ。
ハル
じんわりと、嬉しさがこみ上げてくる。
自分がどんなに携帯を欲しがっていたか、自分でも気づいていなかった。
泣きたいような、笑いたいような妙な気分。
土御門は気づいていたのかな。
ぼんやり外を眺めていると、土御門が友達と帰るところだった。
オレは携帯いじると、初めてのメールを打ち始めた。
タップがうまくできないから、もたもたと入力する。
『ありがとう』
校庭の土御門が立ち止まると、ポケットから携帯を取り出した。
ぱっと土御門が校舎を見上げた。
オレは土御門に見られないように、じりじりと窓から離れる。
オレの手のひらの中の携帯が鳴って、画面が明るくなる。
(^_-)-☆
ウィンクする絵文字が帰って来た。
* * *
学校から帰って来たオレの日課。
家事をして、勉強して、風呂入って、寝る。
毎日その繰り返し。
勉強は別に嫌いじゃないから、それでいいんだけど。
でも、今日はちょっと違う。
いそいそとメシを作り、わくわくを堪えながら急いで食べる。
「ごちそうさま」
食器をガチャガチャ洗いながら、鼻歌を歌う。
よし、おわり。
狭い部屋の勉強机の上。ちょこんと置いてある真新しいiPhone。
口元がほころぶ。
土御門は、お気に入りのアプリをいれといてくれたらしい。
役立つアプリ的な本によく載ってるのもいくつか入っていた。
iTunesを開くと、曲がめちゃくちゃ沢山入っていた。
JPOPや、オレは全然わかんないインディーズ。ニコニコ系とか、クラッシック、ジャズ。
「へ~。いろいろ好きなんだ」
適当に音楽をかけながら、オレはつぶやいた。
突然、電話が鳴り出して、オレはiPhoneを落としそうになった。
ハル
土御門しか登録されてないから、まあ、当然ちゃ当然なんだけど。
妙にドキドキしながら着信のボタンを押す。
「も、もしもし?」
「こんばんは。神無月さん」
土御門の声がなめらかに響く。
「こ、こんばんは」
土御門が嬉しそうに軽く笑う。
「今、家?」
「あ、うん」
「あのさ、頼みたいことがあるんだけど。もし、部屋に明かりがついてたら、消してくんない?」
「え?なんで?」
「ちょっとでいいからさ」
オレは立ち上がると、天井からぶら下がった電灯のヒモをカチカチと引いた。
部屋は真っ暗になって、手元のiPhoneだけが光っている。
まあ、都会は明るいからカーテンしてたって、何がどこにあるかぐらいはわかるんだけど。
「特定完了っと」
「え?なに?」
「ごめ。もう灯りつけていいよ。それよりさ、明日、なんか用事ある?」
部屋の灯りをカチカチとつけながら、オレは用事を思い出そうとするけど、判で押したような生活をしているオレに、用事なんかあるわけがない。
「別にないけど」
「充電器、気付いてた?渡すの忘れたんだけど」
「あ」
「明日、渡そうかと思ってさ」
「月曜日で大丈夫だよ」
「せっかく土日なのにさ、使えないとかもったいなくね?案外、充電なくなんの早いよ?」
「うち、パソコンはあるから、100均でUSBコード買うよ」
土御門がため息をつく。
髪の毛をくしゃくしゃにしてるのが目に見えるみたいだ。
「ったく。……ガード硬すぎだろ」
ヤケになった様に土御門がつぶやく。それから、も一度大きなため息。
「神無月さん?」
「ん?」
「明日ヒマ?」
「うん、一応」
「じゃあ、俺と遊んでくれませんか?」
「え」
「ダメ?」
ダメ、じゃないけど。でも。
「やめろって!」
唸るように土御門が叫ぶ。
「いろんなこと考えるのやめて、俺と会うのが嫌かどうかだけ考えてくんない?」
「あ……」
見透かされて、めちゃくちゃ動揺する。
「俺の顔も見たくない?」
引き寄せられた時の土御門の顔が、鮮やかに蘇る。
炎のような髪、瞳に踊る金色の斑点。
背筋がぞくりとする。
…………会いたくない、わけがない。
「そんなことないよ」
オレはつぶやいた。
「じゃ、神無月さんの最寄りの駅で、9時半」
長いため息をつくと、土御門は掠れた声でつぶやいた。
「ちゃんと来て?」
「う、うん」
「なんも持って来なくていいから。連絡が取れるように、携帯だけ」
「うん」
「じゃ、明日」
「うん」
土御門のなめらかな声が途切れて、電話が切れた。
なんだろう、すごくドキドキする。
明日着て行くものとか、金の心配とか、とりとめのない事を考えたけど、気持ちが乱れて集中できない。
オレは部屋の電気を消すと、服を着たまま布団に潜り込んだ。
その瞬間、メールが着信して、画面が明るくなる。
『おやすみ』
なんだか、すごく嬉しくなった。
オレ、どうかしてるよな。
バイクを吹かす音がして、家の前を通り過ぎる。
オレは乱れた心のまま、目を閉じた。
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