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誘惑の土曜日(3)
ポップコーンの箱に入っていた。
で、ですよね~!!
映画館でそんなこと……
いや、ないです。ないです。
オレは反射的にポップコーンをつかんだ。
土御門がポップコーンから、オレの手を持ち上げる。
ああ、この責め苦はもうおしまいなんだ。
ほっとしたような、残念なような気持ちがこみあげる。
ポップコーンをつかんだ手がひっくりかえる。
そして、土御門はオレの手のひらのポップコーンを……食べ始めた。
え?
犬が主人から餌を貰うように、土御門はオレの手からポップコーンを食べている。
唇が手のひらに触れて、舌がポップコーンを絡めとる。
そして、ポップコーンがなくなると、残った塩をなめとった。
オレが呆然と土御門を見ていると、土御門はゆっくりとポップコーンをつかんで…………
オレの前に差し出した。
心臓がめちゃくちゃ大きな音をたてる。
頭がおかしくなりそうだ。
「なな?」
なめらかな声がオレを誘惑する。
オレはぎこちなく頭を下げると、土御門がしたみたいに手のひらのポップコーンを食べた。
ちろりと目線をあげると、土御門がものすごく満足そうに微笑んでいる。
暗くてよくわからないけど、多分、今の土御門の瞳には、金色の斑点が浮かんでいるんだろう。
オレは土御門に弱いみたいだ。
ポップコーンを食べ終わったオレは、震える手でポップコーンをつかむと、ゆっくりと土御門に差し出した。
土御門がかすれた声で笑う。
多分めちゃくちゃ弱いんだろう。
* * *
「行こう?」
劇場が明るくなると、土御門は、ずっと握っていた手を離すと立ち上がった。
手が離れて、明かりがつくと、オレの頭は突然元に戻った。フリーズしていた頭が急速に回転し始める。
なんか、ものすごくまずいことをした気がする。
ヨロヨロと立ち上がり、空の紙コップを持った。
土御門はトレーに紙コップと、ポップコーンの箱を入れている。
空のポップコーンの箱を見たオレの脳裏に、さっきの自分が蘇る。
さあっと、血の気が引いて、オレはよろめいた。
「なな?」
「あのさ」
オレはすがるように、土御門を振り返ると聞いた。
「さっきの、冗談だよね?オレをからかったんだよね?」
土御門の表情が凍りつく。
オレは泣き出しそうになって、唇を噛んだ。視界が涙で歪む。
ゆっくりと土御門は瞬きすると、口元に笑みを貼り付けて言った。
「そうだよ」
オレは息を詰めていたみたいで、はあっとため息をついた。
前を向いて、こっそりと浮かんだ涙をぬぐう。
頭の隅で、絶対そんなんじゃないって声がした。
でも、オレは心底ビビっていた。
土御門は男で、オレも男で、なのに簡単に誘いに乗ってしまった。
土御門の持っている魅力に抗えない自分が怖かった。
だから、土御門がおそらく苦い思いで出した答えを、そのまま飲みこむしかなかった。
もう帰ろう。言い出すきっかけを探しつつ、土御門の背中を追って映画館の廊下を歩く。
土御門は振り返らずにすたすたとロビーを抜け、外へと歩いて行く。
「昼メシいく?」
映画館を出ると土御門が振り向いて聞いた。榛色の目を輝かせて、柔らかく微笑んでいる土御門に、つい見とれてしまう。
帰るつもりだったのに、全然違う言葉が飛び出して来て、自分でもびっくりする。
「オレはあんまり腹へってないかもだけど。ハルは減ってる?」
「まあ、男子高校生だからな」
オレがハルって呼んだから、土御門の表情が嬉しそうに崩れる。
軽薄そうな笑みを浮かべると土御門は言った。
「メニューに値段書いてないような店行ってみたくね?」
オレはぞっとして答えた。
「どんだけ金かかんのそれ。オレ、貧乏学生だって」
「いや、オレが払うし」
さらりと土御門がとんでもない事を言う。
いやいやいや。
「いや、ワリカンにしよ」
にっこりと笑って土御門は頭を振った。
「ポップコーン、ななが払ったじゃん? 次はオレでよくね? なんなら、マジックテープの財布から…………」
オレはかーっとして叫ぶ。
「その話、蒸し返すとか、鬼か!とりあえず、高橋は月曜日、死亡確定だけどな」
「それ、俺にやらせろ」
土御門はクスクス笑うと言った。
「ななが可愛くおねだりしたら、メニューに値段ない店、連れてくけどなあ。おねだりしない?」
「しないよ!絶対緊張して味わかんないし」
「ななのおねだり、見たかったのにな」
残念、というように土御門はため息をついた。
「キモい。想像しただけでキモい」
オレは自分を抱いて、ブルブル震えた。
「じゃあ、食い放題行く?知り合いの店、ランチで」
「セレブの知り合いの店の食い放題って高くね?」
「そこはそうでもない。まあ、どっちにしてもオレが払うから、ななには関係ない」
「うーん」
オレは腕を組んで考え込んだ。
「さっき、ワリカンにしなかったの、ななだろ?チケット、貰いもんだったのに」
はあ。ポップコーン代、割と簡単に出させてくれたの、こういうつもりだったんだ。
土御門が声を出して笑ってる。
さっき、オレ、酷い事言ったのに。
胸がきゅんとした。
「じゃあゴチになります!」
オレは土御門に向かって、手をあわせると拝んだ。
「任せろ!」
バリバリバリ・・・
と、土御門が続けたので、オレは脇腹にパンチを入れた。
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